1月2日(水)『歌舞伎座初芝居夜の部、絵本太閤記尼ケ崎閑居の場、勢獅子、松竹梅湯島掛額』

 平成最後の歌舞伎座の初芝居、夜の部を見に行く。絵本太閤記、尼ケ崎閑居の場。勢獅子。松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)の3本。

絵本太閤記が始まり、竹藪から武者姿で吉右衛門が登場し、笠を脱いで、青い隅取りの顔を表すと、その古径さに、一気に芝居の世界に吸い込まれる。これから始まる光秀一家の悲劇を吉右衛門の鋭い眼光と、青い隈取が暗示する。吉右衛門の古風な顔に、不気味に青い隈が映える。

悲劇ではあるけれども、吉右衛門の、家族の幸福より、侍としての一念を通そうとする、意思旺盛で、力溢れる光秀を見る事ができて正月から幸せな気分に浸れた。操を雀右衛門、十次郎を幸四郎、佐藤正清を又五郎、久吉を歌六。光秀の母を東蔵と言う顔合わせである。

 尼ケ崎閑居の場、通称太十。絵本太閤記は人形浄瑠璃として初演され、尼ケ崎閑居の場は、その十段目に当たる。

光秀の謀反で織田信長は殺されたのは、日本人ならみんな知っている事で、太閤記と言う名前ながら、主人公は光秀で、全段見ると、光秀が徐々に信長から疎んじられる様子が描かれる。信長の政策に意見すると、虐められ、辱められ、降格人事をされ、蘭丸には額を割られ、観客は、光秀が謀反を起こすのは、やむをおえない、仕方がない事と、導かれるように仕向けられる。光秀は、信長に謀反を起こし、謀殺したが、天下を狙って殺害したのではなく、悪の権化信長を討ち、正義の為の行動だと作者は主張しているように思える。

志はいったんは遂げられたが、秀吉の思わぬ早期の反撃に、尼ケ崎閑居の場は、正義のために行動した光秀とその一家が、悲劇に見舞われる芝居だ。戦国時代、勝つか負けるかで、家の繁栄と没落が決まる。勝てば官軍で、負ければ賊軍、負ければ当主が死ぬのは当たり前、一族郎党ことごとく死ぬ運命と決まっていて、藩主の男の子は当然として、一家ことごとく惨殺されるのが普通であった。正義の行動であろうとなかろうと、一家の主人の決断次第で、家族が悲劇にぶち込まれる。戦いに敗れれば、一家は全滅の憂き目にあう。

光秀は、母を秀吉と勘違いして竹槍で刺し殺し、我が子十次郎は、戦いの中で、大怪我をし、自分の前で、討ち死にしてしまう。自分の起こした行動が、家族を巻き込み、悲劇へと突き進む。自分の決断で、結果は裏と出てしまった。光秀は、最後の最後まで、青白く光る顔を崩さず、自分の行動は正しかったと、その身体と顔で表現する。よく、どんな危機にあっても顔色一つ変えない勇者などと言うが、光秀は顔色一つ変えず、運命を享受する。しかし光秀は、最後の最後になって、顔を扇子で隠し、男泣きする。判官びいきが好きな観客は、ここで胸を打つ。吉右衛門の光秀は、自分の行動の結果が、家族に悲劇をもたらすが、それも計算の内、決断に伴う悲劇に耐える勇者振りを見せてくれて、力強かった。

勢獅子は、山王祭の神酒所に、鳶頭の二人と芸者二人がやって来て踊る趣向。梅玉と芝翫が鳶頭、魁春と雀右衛門が芸者。途中出てきた獅子舞が、元気に溢れていて良かった。

松竹梅湯島掛額は、猿之助の御土砂と七之助のお七の人形振りが見どころで、天下の猿之助がやっても御土砂はたいして面白くない芝居だった。注目は七之助の人形振り。先月玉三郎の奇妙な岩永左衛門の人形振りを見て、茫然としたが、さて七之助の人形振りはと、楽しみにしていた。七之助は、人形のように顔が縦にぶれて、なかなか座らない所や、手がブラブラしながら演技をして人形らしさをアピールする。顔も、人形だから当たり前だが、顔色一つ変えず、目は中空を見つめていて、焦点を合わせないように演技をするが、人形をえんじているだけで、その先がない。顔色一つ変えない綺麗な顔で通すだけで、人形振りは成功かと言うと、私は疑問に思った。玉三郎の場合には、同じ人形振りでも、なぜか女の情念がメラメラと燃えてくる姿を感じた。人形なのに不思議な事だ。これが芸の力なのだろう。七之助は、人形には見えたが、その先の芸が見えなかった。なぜなんだろうか。

1月3日(木)『新橋演舞場夜の部。市川海老蔵大奮闘公演、鳴神、牡丹花十一代、俊寛,春興鏡獅子』

 正月は、東京では、昨日から歌舞伎座、浅草公会堂、今日から新橋演舞場、国立劇場と、四座で歌舞伎公演が行われている。それぞれの劇場で、特色を持たせているが、新橋演舞場は、海老蔵の大奮闘公演である。昼3、夜4の7演目の内、5演目で、主役を演じている。海老蔵ファンには、こたえられない公演で、場内は満席だった。私は、積極的な海老蔵ファンではないが、将来の歌舞伎をしょって立つ海老蔵の活躍が楽しみなのと、二人の子供との共演が楽しみなので、今回初日に見に行った次第である。

 鳴神は右團次が勤めた。絶間姫は児太郎。絶間姫が、鳴神に胸が苦しいと胸を擦らせ、もっと下と言って乳房を触らせるなど、エロく迫って、落としていくところが面白い。最初は、堅物の鳴神上人が、酒を飲むにつれ、絶間姫の色香に溺れ、破壊していく様子が楽しい。右團次は、決まり決まりが力強く、くっきりとした芝居をする人で、鳴神は前半と後半のキャラクターが、酒が入るとがらりと変わるのだが、この辺り上手く変化させて芝居をしていた。児太郎の絶間姫は、色香に溢れ、鳴神上人をその気にさせる、エロイ絶間姫だった。朝廷から派遣され、命令を受け、仕掛けて鳴神上人を堕落させるのだが、児太郎の絶間姫は、命令だから色仕掛けで迫るだけでなく、その気になっているのではないかと思わせる位積極的にエロく迫り、笑った。こんなエロイ絶間姫は始めて見た。ぶっ返ってからの荒事は、右團次らしい豪快さだった。

 牡丹花十一代(なとりぐさはなのじゅういちだい)。新作歌舞伎で、海老蔵の祖父に当たる十一世市川團十郎生誕百十年と銘打っている。成田屋の栄を寿ぐ祝祭舞踊である。鳶頭に海老蔵、海老蔵の二人の子供が、手古舞と鳶に扮して、踊りをして、挨拶をして、一本で締めて終わった。奥様の不幸には泣かされたが、元気に育つ二人の子供、そして子供達を優しく見守る、孤軍奮闘ながら歌舞伎界で足場を絡める海老蔵人の幸せを見ると、自分も幸せな気分になってくる。

 海老蔵が登場すると、待ってました、の声がかかり、海老蔵が、「待っていたとは有難てえ、が、お客様がお待ちかねなのは、この二人」と言うと場内大拍手。娘の堀越麗禾(れいか)ちゃんを舞台で初めて見たが可愛かった。成田や一家の繁栄を観客として祈念した。海老蔵の鳶頭のメイクのせいかもしれないが、写真で見る11世團十郎にそっくりで驚いた。

 イケメン海老蔵の鳶頭の後は、海老蔵初役の俊寛である。心が千路に乱れ、舞台で泣き叫び、転げ回る俊寛が、海老蔵ニンにはないと思うが、ハマるかもしれない。そこが楽しみで、注目して見た。

出は、よろよろしてはいるが、老人ではない。眼光鋭く、離島で孤独感にさいなまれていると言うより、平家への恨み骨髄と言った感じで、折あらば平家打倒を再度考えるような雰囲気が漂い、島に流されようとポスト平家を虎視眈々と狙っている感じだ。これでいいのかと不安になりつつ、新たな俊寛像を観た感じがした

俊寛は、実際には36歳で死んでいる。歌舞伎では、老人として描かれるが、本当は30を少し越えた壮年で、海老蔵の演技は、老人を演じるのではなく、自給自足で、栄養状態も良くなく、生活苦から足腰の弱った中年男性として演じている。吉右衛門の俊寛とは、このあたり全然違う演じ方だと思った。

俊寛を、従来通リの老人として考えると、結婚を祝って舞をして、途中で後ろによろよろと転ぶが、海老蔵は若い人の転び方で、早く転倒する。老人ならもっとゆっくりだろう。舟から降りる場面も、足元に危なさがなく、老人と見せなかった。俊寛を、30半ばの中年男性と考えれば、海老蔵の演技の方が正しいのかもしれない。これまで吉右衛門の俊寛を、スタンダードとして観ていたので、吉右衛門の俊寛とは、違う俊寛を見たような気分になった。ただこの俊寛では、この先の芝居が、島に一人残ると言う芝居展開ではなく、赦免船の平家方を殺して、舟を奪い、京都を目指して出航!見たいに筋が運んで行くように思えて、小さな違和感も感じた。

幕切れのおーい、と叫んで終わるシーンは、自分の妻が清盛に殺され、生きる希望がなくなり、自分の代わりに海女を船に乗せたが、別れの刹那、俊寛は、奥さんとの再会は出来ず、京都に戻っても仕方がないと考えているだけでなく、平家滅亡の願いまでも捨てる、二重の覚悟を感じ、完全に気持ちを吹っ切った様子だった。なにはさておき、海老蔵初役の俊寛、新しい俊寛を見た思いがした。

 御仕舞は春興鏡獅子。泣き叫んで、薄汚れた俊寛の後に、海老蔵が美しい小姓弥生で出てきたので、落差が激しく驚くと同時に、これが歌舞伎だと観客に訴えているようで、又観客もそれを望んでいるようで、役者と観客の思いが重なるハーモニーを感じた。海老蔵の弥生の美しさにひたすら驚く。美男である海老蔵は、当然女形も美しいし、鳶頭のような鯔背なイケメン役もカッコよく、弥生も誰よりも綺麗だ。海老蔵は、やはり歌舞伎の大スターであると思い知る。女形をやらせると、外見は、玉三郎と並んで美しい。

見た目と踊りは綺麗で華やか。素人にはこれで十分楽しかった。素人目では、やはり女形ではないので、身体が真直ぐに立ち気味で、やはり女形とは違う踊りになっていたように思うが、そんな事はどうでもいい。踊りの分からない私には、美しければ、全く問題ない。獅子頭に引っ張られて、困惑しながら花道を引っ張られるようにして走る海老蔵の不安げな顔が色香を巻き散らし、素敵だった。

獅子に変わり、首を54回振った。海老蔵のこれまでもこれまでもと言うエネルギーに元気をもらって、海老蔵のfanになって行く自分を感じた。海老蔵が團十郎を襲名し、息子が新之助、そして海老蔵になるまで、歌舞伎を見続けたいものだ。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

ニュース, ナレーション, 司会, 歌舞伎, お茶, 俳句, 着物, 元NHKアナウンサー