2018年4月7日(土)『歌舞伎座4月大歌舞伎 昼の部 西郷と勝、裏表先代萩』

仕事があり、最初の「西郷と勝」は見ることが出来なかった。裏表先代萩は、最初から見ることが出来た。この芝居は、2007年歌舞伎座で、勘三郎主演で観た。この時、勘三郎は、政岡、下男小助、仁木弾正の三役を演じて大活躍だった。更に、二十年以上前で記憶があいまいで申し訳ないが、菊五郎主演でこの芝居を観た記憶がある。しかし、記憶にあるのはタイトルの、裏表先代萩と言う名前だけで、何が裏表なのかもわからず、もうどんな筋だったのかも覚えていない。昔は、大本の伽羅先代萩を、何度も見た事がなかったので、多分この芝居の面白さは感じることが出来ず、何が何だか分からないうちに、観劇を終わっていたことだと思う。

今回は、菊五郎主演の裏表先代萩である、菊五郎演じる世話物の役、小助は良いに決まっているので、菊五郎の仁木弾正が、どの位楽しめるのか期待して見に行った。

観劇30年のキャリアで、歌舞伎を観る目がでてきたのか、今回は、大変面白く、楽しく見せてもらった。何と言っても菊五郎が、200両に目がくらみ主人を殺す小助と、伽羅先代萩の仁木弾正を、二役で勤めたのが、楽しかった。世話物の小悪党と、時代物の国崩しの大悪人仁木弾正を、どう演じ分けるか期待を持って出かけたが、見事に演じ分けて、親父様の実力をまざまざと見せ付けられた。

私は、菊五郎が好きだ。その理由は、全力投入をして、目一杯演技をせず、観客を疲れさせない事だ。手練れた演技で、観客をほっとさせ、笑わせ、唸らせることが出来る俳優だからだ。観客に、そう肩肘張らず、鷹揚に観て欲しいと、たかが芝居だよ、とばかり演技をする所が好きなのだ。菊五郎は、大熱演はしない、ほどよいところで、芝居をする役者だ。人間国宝だ、文化功労者だのと偉くならず、江戸時代の歌舞伎の座頭は、こんな風に歌舞伎を捌いて、客を喜ばせ、芝居が終われば、プライベイトな人生を楽しんだなと、想像させる。江戸時代の歌舞伎の千両役者は、こんな風だったと、思わせるあたりが、今の歌舞伎界には、大変貴重な存在だと思う。

 歌舞伎を30年以上毎月見ていると、伽羅先代萩は、一、二年に一度は、必ず観る事になる人気演目だ。大まかに言って、花水橋、竹の間、御殿、床下、対決、刃傷、と言う構成だ。今回の裏表先代萩は、この伽羅先代萩の場面を表として、小助による主人道益殺しを、裏として上演される趣向の舞台である。小助の芝居の方は、実際、どんな芝居か分からないが、どう二つの芝居が絡んでくるのかが楽しみになってくる。

 舞台は、町医者の道益家から始まる。小助の方の芝居である。いきなり世話物の舞台が始まり、何で先代萩なのに、花水橋から始まらないのか、とまずは不思議に思う。どこで、表の先代萩につながるのか注目だ。舞台は、町医者の道益家から始まる。家には、薬を取りに来たり、大家が訪ねて来て、酒をねだったり、道益は、昼から酒を呑み、妾になれと。隣家の下駄屋の下女(孝太郎)お竹を口説く。まずは江戸時代の、どこにでもあるような日常生活が描かれる。若いお竹は、爺さんは好みではないので、当然拒否するが、父が訪ねて来て、2両の金が欲しいと、お竹に無心する。

ここまでは、まるで先代萩に繋がらず、どこで表の先代萩に繋がるのか、謎解きの期待感が出て来る。ここで、弟の宗益が、下男小助(菊五郎)を伴い帰って来る。下男の小助は、菊五郎のキャラなのか、どこかとぼけて、ぼんやりとしていて、はしっこさは見せない。江戸時代には、一年契約で、あちこちで働く下働きの男がたくさんいたが、酒、女、博打が好きな、市井のどこにでもいるような人物設定だ。とぼけた味が、菊五郎の持ち味の一つで、歌舞伎の楽しさ、実は・・・・となった時に、役が激変した時の大変化が楽しみになってくる。仁木弾正では、どんな凄味を見せてくれるか、楽しみだ。

 弟の宗益が、足利家の当主鶴千代を殺すために毒薬を調合し、その礼の200両を帰って来る。ここで、足利家、鶴千代の名前が出て来るが、歌舞伎ファンは、ここでスイッチが入る。足利家、鶴千代、毒薬とくれば、表の世界の先代萩と、ぴたりとつながる。伽羅先代萩では、乳母政岡が、主君の鶴千代の毒殺を恐れて守っているが、毒入りのお菓子が運び込まれて、鶴千代の代わりに政岡の実子が飛び出していき、毒の入った菓子を食べて、苦しむと、八汐に無残に殺されるという有名なくだりがあるからだ。毒の入った菓子、その毒は、道益が調合した毒と言う事で、表と裏がつながったのだ。実は・・・・で、とんでもない方向に進展する物語が歌舞伎には多いが、毒薬の一点で、表と裏が、見事に繋がるうまい作劇だ。30年歌舞伎を観ていて、若い頃は、表と裏の繋がりが分からなかった処が、観劇しながら、成程と思い、納得してしまう自分がいて、笑ってしまった。

父に2両無心され、困ったお竹は、2両貸してくれと道益に頼む。2両貸せば、お竹を妾にする展開になるかもしれないと、道益は金を貸す。ここで小助は、道益の持つ200両の金をみて、「ちょっと待てよ」、で悪党の顔に変わる。このまま働いても、到底この先200両の大金を手にはできないだろう。主人の手元には、毒薬の調合代金、表には出せない金200両がある。ここは、主人を殺して、200両を奪おうと、一気に心が変化する。そして、包丁で刺し殺し、200両奪うが、ここで逃げては、犯人は自分だと言うも同じだから、そのまま家に残り、小者生活をしている。道益殺しの場面で、小助の襦袢の袖がちぎられ、肩袖が取れてしまうが、歌舞伎ファンなら、ここでぴんときて、後で袖が殺人の証拠になるのではないかと、先を予測して楽しめる。

 小助の200両を目の前にして、凡庸な下男が、強盗殺人犯への心変わり、菊五郎の小助の演技が、人殺しをするような人物には到底見えてこなかったのでが、ここで、効いてくる。「ちょっと待てよ」、これを合図に、目が鋭く,どす黒く輝きだす。江戸時代は、こんな子悪党がたくさんいたんだろうな。

 休憩が入り、舞台は、御殿へと変わる。いきなり、本筋の伽羅先代萩の有名な幕である。ここは、先代萩の御殿、まま炊きこそないが、お馴染みの、乳人政岡が、鶴千代の命を守るために必死になる姿が描かれる。栄御前が、八汐らを連れて訪ねて来て、毒入りの菓子を鶴千代に食べさせようと、企むが、政岡の実子、千松が飛びだしてきて、毒入りの菓子を食べ、苦しむと、八汐が短剣で、何度も千松を刺し、殺してしまう。栄御前は、実子が殺されても、顔色一つ変えず、微動だにしない政岡を、扇子越しに、じっと観察していて、政岡が、実子と、鶴千代を入れ替えていると勘違いし、悪党たちの連判状を政岡に渡してしまう。栄御前たちが下がった処を確認して、政岡はわが子の死を、嘆き悲しむが、ここに八汐がやってきて、政岡を殺そうとして、逆に政岡に殺されてしまう。という有名なストーリーが、粛々と進められている。ここは完全に、伽羅先代萩の御殿が、そのまま演じられている。堂々と表の舞台が演じられる。一粒で二度おいしい、表裏先代萩が、堪能できる。政岡を時蔵、八汐を歌六が演じていた。

 舞台は、続いて床下となり、こちらも伽羅先代萩の有名な場面、荒獅子男之介(彦三郎)が登場し、口跡のすばらしさを見せ、鼠が出て来て、スッポンに落ちると、煙が立ち込めて、いよいよ菊五郎の仁木弾正の登場となる。下男小助を演じた菊五郎が、どろどろと太鼓が叩かれる中、スッポンから次第に姿を現す。隈も決まり、堂々とした弾正だ。ふてぶてしく、上がってくる。堂々としていて、化粧も決まり、薄ら笑いをする所は、お見事。役者は、こう化けなくてはいけない。菊五郎の腕の見せ所である。勿論言葉をつかわない。雰囲気だけで、国崩しの大悪党を、がらりと変えて見せつける演技は、親父様、菊五郎の面目躍如たるところだ。ここまで観たら、もう裏表先代萩の山は越えて、後は流れに任せるしかない。

 対決の舞台は、表の対決ではなく、裏の対決となる。道益殺しの犯人の裁判である。医者道益殺しの犯人として、お竹が捕まり、お白洲で、裁判が行われる光景が繰り広げられる。

一方、伽羅先代萩の対決では、仁木弾正側と、善人側の渡辺外記左衛門側が対峙し、捌き手の山名宗全が、証拠の密書を火にくべて燃やす等、明らかに仁木側の肩を持ち、外記側の敗訴となるが、ここで、もう一人の裁判官役である細川勝元が現れ、宗全を表向き立てながら、自ら持つ密書を持込み、仁木の筆跡と同じだと詰め寄り、仁木を次第に追求し、外記側を、勝利に導く。最初は、悪い方が裁判で勝つが、そこにもう一人の裁判官が颯爽と登場し、不正を暴き、善人に勝利を収めさせるという筋書きだ。細川勝元の役は、裁き役とも言われ、颯爽として、格好が良いので、美形の人気役者、花形役者が担うのが普通だ。

表裏先代萩では、銘木先代萩の対決は、舞台に登場せず、小助の方の道益殺しの裁判が行なわれる。捌かれる人物、捌く人物は違うが、骨格は、全く同じである。

道益殺しの犯人として捕まっているお竹、ここで証人として小助が呼ばれる。小助は、道益を殺して、逐電してしまうと自分が殺人犯と疑われると考え、床下の金を隠し、そのまま医者の家に、働き手として残った後、小間物の店を開店し、店主に収まっている。下男の形ではなく、羽織を着て、店主として舞台に登場する。山名宗全の家臣の横井角左衛門が裁き役を務める。角左衛門は、鶴千代毒殺の件がばれないように、お竹が犯人と決めつけるが、ここに細川勝元の家来倉橋弥十郎が登場し、証拠として、血の付いた足跡が残る油紙と、血の付いた襦袢の片袖と、襦袢を証拠に出し、この襦袢は小助のものだろうと迫ると。小助はしぶしぶ罪を認め、一件落着となる。後から出てくる裁判官役は、颯爽として、儲け役と書いたが、松緑の倉橋弥十郎には、見た目には、颯爽としたところが無く、しかも台詞も一本調子で、理詰め過ぎて、爽快感が薄かった。

最後の刃傷の場は、伽羅先代萩に戻り、菊五郎が、迫真の殺陣を見せ、魅せた。東蔵が、もう持ち役になっている外記左衛門を、いかにもお家思いの、善人な家来を演じていた。女形も上手いし、脇の役も光る演技をする役者だ。

結局この芝居、菊五郎が、世話者の下男、小助と、仁木弾正をどう演じ分けるかが楽しみだったが、小助のとぼけた役と仁木弾正の悪の顔を、さすが菊五郎見事に演じ分けていて、なるほどこれが芝居なのだと、愉しさを噛みしめて、帰宅した。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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