『私にとっての歌舞伎の魅力』

                      (2015年9月30日 2018年4月20日追記)

                                

 私は、もう30年以上歌舞伎に通っている。歌舞伎を観ながら、うっとりと数時間、江戸時代の空気に触れ、笑い、涙し、幕が跳ねると、今の時代に帰って来る。

皆着物を着ていて、男は髷を結い、女は結婚すると歯をお歯黒で染めた。武士は刀を差し、時には名誉の切腹をし、籠屋は自慢の刺青で客を引き、時には強請る。吉原は不夜城と言はれて灯りが消えず、遊女が花を咲かせ、暗がりでは夜鷹が客を引く。どこからでも遠く富士山を望み、隅田川には白魚捕りの船や、屋形船が浮かんでいる。

江戸時代はいいな。当たり前だけれど、ビルもなければ、車も走っていない。のんびりとしていて、江戸のどこからでも、富士山を見ることができた。

 歌舞伎を観始めた当初は、浮世絵に描かれ時代の風景や人物を、立体的に、動く映像として見る、ビジュアル面の期待と興味に、身を委ねていた。時には、眠ることもあったが、しばらくすると、歌舞伎には、当初のビジュアル面への興味を満足させるだけでは終わらず、そこには、人間ドラマがあり、江戸人の喜怒哀楽が濃厚に存在する事を認識するようになり、どんどん深みに嵌っていった。

江戸時代は、果たして、どんな時代だったのだろうか。江戸時代に生活していた人の心の中は、どうだったのだろうか、江戸人の心の中に分け入りたくても、当時生きていた人は皆墓の中だ。自分の興味、例えば井原西鶴が、好色一代男の主人公の世之助に託した生き方、女にも男にも行ったり来たりしてセックス三昧。江戸時代のセックス感を、西鶴にインタビューしたくても、できないのが、残念だ。

江戸の人の思考回路、倫理観、価値観、恋愛観、幸せの尺度、常識等は、現代人とは、異なるのか、それとも変わらないのか。その答えが、そのうち歌舞伎の世界にある事に、気が付き、歌舞見を見る度に、興味が深まっていった。

 

魚屋宗五郎は、酒を飲むと性格が、がらりと変わる男だ。こういう人は、今も多いが、、妹が不義を働き、殿様に手討ちになったと聞き、禁酒の誓いを破り、酒を呑んでしまう。当初は、不義をしたんだから仕方がないと、親父が抗議に行こうとするのを、冷静に止める。酒を、一杯また一杯と呑むうち、段々酔いが回り、とうとう酒乱となり、怒り狂ってくる。結局、女房と、親父を蹴飛ばして、殿様目指し、酒桶を片手に抗議に行く。呑む内に段々酔っていくあたりが、役者の腕の見せ所だ。ところが、酒に酔い、威勢の良かった宗五郎が、酔いが覚めると、今度は、おどおどして、ペコペコし出す。殿様が詫びて金を出すと、「ふざけんなこの野郎。妹の命は、金には代えられねーじぇねーか」、と啖呵は切らず、あっさり金を受け取ってお礼を言ってしまう。現代なら裁判沙汰で、立派な殺人事件だ。でも江戸時代は、妹が不義密通の嫌疑で殺されても、最後は金で解決、これで、目出度し、目出度し、一件落着である。魚屋風情は、武士には勝てないのだ。現代から見ると、封建時代の身分の壁を強く感じる。

 髪結新三には、江戸の小悪党の、凄みと愛嬌、そして江戸の季節感がたっぷり描かれている。ほととぎすが鳴き、「初鰹 かつおいかつえい」、鰹売りの威勢のいい売り声に、江戸の初夏が際立つ。歌舞伎は季節感をたっぷり描く演劇だ。昭和の20年代までは、私の生まれた東京の五反田でも、納豆売りや、しじみ売りの声が聞えていたが、今の時代、物売の声は、焼き芋屋と中古品買い取り業者の声、それもスピーカーから流れる声だけだ。

 髪結さん。床屋さんという言葉が現代でも通用するから、昔はこの仕事を、髪結さんと言っていたのは、容易に想像できる。お馴染みの家々を回り、髪結のサービスをする職業が江戸時代にはあった。短時間で済ませようと、髪を結う手際がいい。役者の腕の見せ所だ。顧客との話も弾んで、時に相談にも乗る。手代の忠七の悩みを聞き、駆け落ちの手助けをすると唆す。現代にも、オレオレ詐欺に引っかかる人は多いが、忠七は、ころりと新三に騙されて、娘は新三の家に連れ込まれる。降りしきる雨の中を、忠七と歩き、永代橋で、傘で言いがかりをつけ、善人から、がらりと悪人に代わり、傘で散々忠七を打ち据える。始めから予定の行動だ。梅雨時、忠七を突き飛ばして、心地いい啖呵を切る。いつもは、お得意様だから、ぺこぺこ愛嬌を振りまいていたが、相合傘の今は、五分と五分だ。対等だといった後、「ろくろのような首をして、お熊が待っていようと思い、濡れる心で、かえるのを」と、始めから娘をねらっていたと言う本心を明かす。観客は、ここで、ウブで、愚かな忠七への同情よりも、新三の啖呵に酔ってしまう。善から悪への切り替えのうまさ、新三の目が、凄みを増すところが、役者の腕だなと見る度に感じる。この新三、舞台上では演じられないが、拐かしてきたお熊を、散々の弄んで、犯したんだろうな、同居の若者も一緒に、セックス三昧?なんて下品に、エロく、勝手に想像してしまう自分が恐ろしい。江戸人は、武士はともかく、市井の住人は、色、恋、セックスはしたい放題のようだから、案外江戸の観客も、新三を、うまくやったな、羨ましいなと思ったに違いない。

お熊を返せと、話をつけにきた、大親分の、話の端々に、権力を嵩にきた物言いを感じ、反発して追い返す。この場面も心地いい。庶民はなかなかこんな啖呵は切れない。強い者には巻かれる、しがない庶民が多いからだ。強い者には巻かれない、大親分に盾突く図太さと、したたかさとに、観客は共感し、拍手を送る。会社内にも、強い者には弱く、弱い者に強く出る人間は多いから、小悪党と言えど、新三を好きな人は多いと思う。そして、この刺青者の小悪党が、大家にはうまく丸め込まれるところが面白い。前科者と知って家を貸し、弱みに付け込む大家のしぶとさ。「鰹は半分貰っていくよ」の可笑しさ。その大家も、泥棒に入られ、箪笥の中身を盗まれる。最後は皮肉の利いたコメディで終るところが、面白い。どっと笑って、気分良く帰れる。江戸に棲息する小悪党の日常の生態がリアルに分かるのは興味深い。更に、大家というと親も同然という、落語の世界の大家とは、異なる大家の存在も面白い。

 江戸時代に実際に起こった赤穂浪士の討ち入り事件を、足利時代に時代を移して、仮名手本忠臣蔵として舞台化した。時は元禄、江戸城の松の廊下で起こった、大名と高家の刃傷事件が、時代を移し、登場人物の名前を少し変えただけで上演が許された所が、封建制とはいえ、江戸幕府の統治の方針は、結構ゆるかったんだなと思わせる。事件の発端が、塩屋判官の奥方の顔世御前に、師直が、人妻と分かっていながら言い寄り、振られた事が原因だった描かれると、えー、嘘だと叫ばずにはいられない。二代目竹田出雲、三好松洛、並木千柳、3人の合作とはいえ、すごい導入である。様々な家族に悲劇が訪れるきっかけが、師直の横恋慕と失恋にあったとは、突飛過ぎて、あまりにシュールな導入で、いきなり芝居に、引きずり込まれる。江戸の作者のアイデアと、作劇のうまさに驚嘆する。

婿養子のために、娘のおかるを遊里に売る行為。それを、悲しいけれど美談と考える江戸時代の人々。現代人の私からすれば、それはないと思いながらも、戦後まで、売春は合法で、親に売り飛ばされた娘も確かにいた。私も、大きな目的を達成するためには、娘を売る事は、仕方のない事と考えてしまう、ついこの間まで残っていた日本人のメンタリティーの同一性に驚いてしまう。

勘平は、可哀想だけど、運が悪い男だ。主君の大事に、色に耽ったばっかりに、間に合わず、悲劇に見舞われ、最期は切腹をして死ぬ。会社の中には、仕事中に情事に耽り、懲戒免職になった社員もいたな、と思わず襟を正す自分がいる。職務中に、色に耽ってはいけない、江戸時代から現代へのいい警句でもある。

 それにしても、塩冶判官も、勘平も切腹してから、絶命するまでが異常に長い。死ぬ直前に、人は本音を語り、思いを託すと言うが、死ぬ前にドラマは、どんどん進む。腹に刀を突きたて、由良助はまだか、と痛切に声を絞る判官、でも直ぐにはやって来ない。力弥に、様子を見て来いと言う、でも来ない、判官と力弥は、主従の間だが、肉体関係もあった事を思わせるように、お互い目を絡め、じっと見つめ合う。力弥役の俳優が、美少年タイプなら、背中越しだが、ボーイズラブの世界をにおわせる。おい肝心の、由良助はどうしたんだよ。ここで色に行くのか、と思った途端、花道を走って出る由良助、観客は、待ってましたと、膝を乗り出す。うまい演出だ。

勘平も切腹してからが長い。可哀想だけど、おい勘平!義父が、鉄砲で撃たれて死んだのか、刺し傷で死んだのか、確かめてから切腹しろよ、と思わず叫ぶ自分がいる。情事に耽る男は詰めが甘い。現代にも通じる教訓だ。

 善と悪が対比されて描かれる歌舞伎、敵役は、徹底して悪人になる。顔も赤く塗られ、一目で悪人と分かる。私は、俊寛が好きで、何度も舞台を観ているが、このところ、敵役の瀬尾太郎兼康に、情が移っている。俊寛には、江戸時代人の反平家、親源氏の考え方が濃厚に表れている。反平家だから、平家の忠臣、瀬尾兼康は、赤面で、見るからに悪人として描かれる。瀬尾からすれば、主人清盛を裏切った俊寛こそ、不忠の大悪人である。俊寛は、当初は赦免のメンバーに入っていなかったのに、教経の計らいで赦免のメンバーに加えられた。これは清盛の考え方とは違う。瀬尾は、大不忠だと心の中では思ったであろう。しぶしぶ従っているのに、俊寛は、呑気に、成経が結婚した島の娘、千鳥まで舟に乗せろと、無茶な要求をしてくる。瀬尾は怒りに燃えてくる。なのに、なぜか慈悲をかける同僚の丹左衛門、瀬尾は、怒り狂い、腸が煮え繰りかえり、俊寛達と丹左衛門に名セリフを浴びせる。「慈悲も、情けも、みどもは知らず。たとえ、どいつが、憂いめ、辛いめ見ようとも、見ても見ぬふり知らぬふり」。平家贔屓、清盛贔屓の私は、忠臣瀬尾のこの言葉に、よくぞ言ってくれたと拍手を送る。クーデターの首謀犯だから、首を刎ねられても仕方ないのに、遠島で済んだ。それなのに、甘えるのもいい加減にしろと、忠臣瀬尾、良く言ってくれた、すかっとして心の中で拍手を送る。江戸時代でも、平家贔屓の人がいただろうから、こう思った人もいたはずだ。が、舞台上の瀬尾は見るからに敵役、観る人の99%は、なんてひどい人。人情、哀れみの気持ちが一つもない侍と描かれる。江戸時代には、こんな人が、周りにきっといたのだろう。後で、ブーメラン効果で、この言葉は瀬尾に帰ってくる。俊寛に瀬尾が切られ、丹左衛門に助けを求めると、同じセリフを、今度は丹左衛門が、「慈悲も情けも、みどもはしらぬ」と、鸚鵡返しに言い、観客は、それ見た事かと、大拍手、溜飲を下げる。悪と正義の戦いは、必ず正義が勝ち、悪人は倒される。日本人は、これが気持ちいのだ。だからこそ、悪を殊更強調する。瀬尾を務める役者の、いかにも憎々しいセリフ術がものを言う。亡き富十郎の音吐朗々とした敵役振り。舞台にでてきた姿だけで、いかにも憎々しかった段四郎が懐かしい。

 「りんにょぎゃってくれめせ」、近松の造語感覚も鋭い。歌舞伎は江戸時代のタイムカプセルであり、玉手箱である。江戸の全てがここにある。歌舞伎の魅力は、そこに尽きると思う。これからも、江戸時代に会いに、歌舞伎を観に行きたい。私にとり、歌舞伎は、これからも、エンターテインメントの主役であり続ける。

                                     終わり

鈴木桂一郎アナウンス事務所

ニュース, ナレーション, 司会, 歌舞伎, お茶, 俳句, 着物, 元NHKアナウンサー