2017年10月23日(月)『国立劇場、10月歌舞伎、仁左衛門の霊験亀山鉾』

 国立劇場の歌舞伎は、仁左衛門の霊験亀山鉾である。平成14年に一度、仁左衛門の初演で、観た記憶がある。仁左衛門が、徹底した悪役を務めて、いい男の悪の魅力、色悪は、歌舞伎に欠かせないと思った。

 立ち役が、悪役を演じる時には、最後になって実は、ということで、最後は善人になって終わることが多いが、霊験亀山鉾の主人公、藤田水右衛門は、徹底した悪党で、冷血漢である。江戸時代、仇討ちものが、歌舞伎に、たくさん取り上げられ、この芝居も、仇討ちの物語であるが、忠臣蔵の様に、仇討ち成功物語ではなく、逆に、次々と、あだ討ちが失敗する、つまり返り討ちにしてしまう所が、残忍で、しかも面白い。

江戸時代を通じて、仇討ちの成功物語は100以上あるそうだが、ついに敵が見つからず、仇討ちできずに終わったり、逆に返り討ちに遭うケースもあったはずだ。仇討ちには、厳しいルールが適用され、一回失敗すると、もう仇討ちを再度行えない事になっている。この亀山の敵討ちは、次々に返り討ちにあい、非業の最後を向かえる所が、面白い。殺し方も残忍で、毒を飲ませ、手足が麻痺したところで、返り討ちにしたり、土に穴を掘り、底に落ちた所を殺したり、正々堂々と、立ち向かうのではなく、姦計を駆使して返り討ちにしてしまうところが見所となる。本当なら、気分的に嫌になる所だが、名優が、演じると、その悪逆非道が、誰の心の中にもある、被虐性と可虐性に火を点け、もっと痛めつけて、返り討ちにしてしまえと、思うから不思議だし、怖い。役者に乗せられるのであろう。こうして、私達の心を捉えて、色悪の演じる方向に、客の気持ちを持って行かせるのが、名優と言われる証拠だと思った。仇討ちを仕掛けてきた相手を殺し、とどめの一太刀を浴びせた後の、見得が、何とも薄気味悪いが、カッコよく美しい。私達の心の中には、悪を期待しているところがありそうだ。

 それでも、そのまま悪逆非道な人物が、最後の最後まで、返り討ちにして生き残ったのでは、芝居にならず、最後は、幼子と、母親、中元によって仇討ちされるところが、歌舞伎独特の、目出度し目出度し、であり、最後は、仁左衛門扮する水右衛門が、いったん殺された所で、仁左衛門が、立ち上がり、「今日はこれまで」と、切り口上で終わる。

 立ち姿が美しく、背も高く、しかも美形、仁左衛門の、ニンに完全にはまった水右衛門は、観ていて、悪の魅力に溢れていて、カタルシスを感じた。仁左衛門は、年を取ったが、次に亀山鉾が出てきた時仁左衛門が演じるのだろうか、仁左衛門が三度目に演じればよし、もしかすると海老蔵か、愛之助になるのであろうか。