2016年6月14日(火)『歌舞伎座第三部、猿之助の狐忠信の宙乗り、大失敗』

 歌舞伎座の6月歌舞伎の第三部を見る。三部は、猿之助の狐忠信が眼目。先代の猿之助も果たせなかった歌舞伎座での宙乗りを、当代の猿之助が、ついに果たす。初日の猿之助の初の新歌舞伎座での宙乗りの様子を、NHKのニュースで取り上げていたが、NHK野も歌舞伎を知っている記者がいる、一つの見識であるが、嬉しく思った。

新橋演舞場を始め、何度も猿之助の狐忠信を見ているが、当代の猿之助は、新しく歌舞伎座ができても、なんと三年間も新歌舞伎座に出演しなかった。どうも、猿之助は、自分に主役をさせてくれないのなら、歌舞伎座には出ないと、松竹と闘ってきたようだ。それが、3年経って、ついに、主役を務める。私も、嬉しかったが、猿之助のこころはいかばかりだっただろうか。義経千本桜の忠信を演じ、主役を張れ。しかも宙乗りをする事が出来るというのは、本人にとって嬉しい事だろうし、猿之助ファンとしても、喜びたいところだ。もう猿之助が、市川宗家の弟子筋の一門だから、歌舞伎座で主役を張れないというのは、時代錯誤のなにものでもなく、ワンピースでの大人気ぶりと、若者への歌舞伎を引きつけた功績大とみて、松竹が、猿之助に、主役を振ったのなら、遅きに失したといってよい。

猿之助のスケールのでかさ、演技力の確かさ、これでもかこれでもかと、見る側にグイグイと押しこんでくる、役者としてのエネルギーは、勘三郎亡き後では、歌舞伎界随一というもので、花形、中堅の中では、トップクラスである。吉右衛門、幸四郎、仁左衛門、藤十郎、玉三郎たちが亡くなれば、必然歌舞伎を支えていく一人なのだから、今回の措置は、当然の事で、すでに定評のある狐忠信は、歌舞伎座にかけても、何ら問題は、生じない。

最初に出てくる本物の忠信は、堂堂とした立ち役ぶりで、貫録を見せた。表情をあまり見せず、たち振る舞いで、本物と見せる演じ方は、正しいと思う。

狐忠信となっての出は、御殿の階段から出てくる、御約束の出であるが、お見事、出てきて、ピタッと、制止する動きの正確さは、特筆ものだ。ただ、演技を見ていて、狐を表す、指を折っての狐手は、何度も出てくると、煩いし、狐忠信になって、顔の表情や、しぐさを、キツネに似せる演技が、猿之助独特のサービス精神全開で、やられると、辟易するのは、確かである。一度キツネと明かせば、こうまで執拗に狐を見せなくてもいいのではないかと思った。省略も大事だと思うが、どうだろう。子狐が、いまや鼓の皮になっている親狐への恋慕の気持ち、愛情の深さは、確かに伝わり、胸を打つ。それにしても、猿之助の運動神経の良さには驚く、ジャンプ力が素晴らしい。このジャンプ力がれば、一発見せるだけで、キツネと分かる。

最後の宙乗り、先代が果たせなかった歌舞伎座での宙乗りを、当代の猿之助が、ついに果たすという感動を味わいたいと、今日観にいったのだが、一遍上がったところで、体が水平になって、空中で立てない。おや?変だぞと思ったら、ロープがたるんでいる。何かおかしい。すると、花道に降りて、宙乗りの仕掛けを外すではないか、えっ、失敗?なんで?戸思う内に、猿之助は、何事もなかったかのように、花道を引っこんでいった。ミスがあっても、顔色一つ変えず、平然と演技を続ける猿之助、楽しみにしていた宙乗りは、見られず終わったが、宙乗りが出来ない異常事態の中、顔色一つ変えない猿之助のプロ根性は、確かに、観客に伝わったようだ。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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