2016年4月9日(土)『歌舞伎座四月夜の部。彦山権現誓助刀、幻想神空海』

 歌舞伎座の4月、夜の部は、仁左衛門の、彦山権現誓助刀と染五郎の新作歌舞伎、幻想神空海である。

 仁左衛門の毛谷村は、何回も見て定評のある所だ。親子の情に厚く、情に厚いゆえに人が良くて騙されてしまう六助を、今回も、好演していた。見るからに人のよさそうな所を見せるのが、仁左衛門の腕だ。今回は、杉坂墓所を合わせて、演じられたので、親子の情愛に厚い六助の日常生活が描かれていて、その後の展開に道筋を付け、六助の性格がはっきりして、よくわかる幕だと思う。杉坂墓所では、百姓だが、剣術の名人六助が、亡き母親の四十九日の間、毎日墓所に通って、花を手向けている。親孝行息子ぶりを、強烈に印象付けている。このあたりの生活感、アウトドアでの人情味、世話の味がでている。吉右衛門や幸四郎がこの役をやると、どうしても剣豪のイメージが出て人情味が出ないのだが、仁左衛門には、剣豪のイメージは全くでない。ここに母親を連れた弾正がやってきて、六助を試合で破ると、500石で、取り立ててくれるので、親孝行がしたい、試合にワザと負けて欲しいと、懇願する。普通なら、何言っているんだと、拒否するのが当然だが、親孝行で、気のいい六助は、親孝行のためならと、承諾して、試合でわざと負けてやる。親孝行な六助が、親孝行したいという、見ず知らずの、完全な他者の弾正の気持ちを受けて、試合に負けてやるという、気の良い男を、好演していた。実に安定感のある、気の良さだ。試合が終わった後、弾正が、六助の額を木刀でついて、六助の顔に血が滲む。男の額を割られたのだから、歌舞伎なら、通常、ここで男は怒り狂うのだが、六助は、ここでも怒らず、親孝行できて、良かったと、完全に人の良い所を見せる。ちょっと怒った表情を見せるが、すぐに素顔に戻り、優しい表情になる、このチョとした表情の変化が、素敵だ。しかし、後ほど、この弾正こそが、師匠の敵である事が判明するのだが、見事な筋立てだと思う。

毛谷村に舞台は変わる。この幕は、よく出るので、何回も見ている。歌舞伎は、実は、実はの世界で、ストーリー展開が意外な方向にになるのが常で、まあこのあたりが、歌舞伎の歌舞伎らしい所だが、毛谷村でも、観客を驚かしながら、テンポ良く、舞台が進んでいく。旅の途中、白髪の年寄り、お幸がやってきて、一夜の宿を六助に求めるが、突然50両のお金で、自分の息子に成れと言う。敵討ちの手助けをしてほしいと事なのだろうが、その点は、表に出てこない。指導を受けた剣術の師匠の奥様さんを知らないという事がおかしいと思うが。そして虚無僧がやってきて、被り物を取ると、許嫁のお園と分かる。男が演じる女形が、男の扮装で、男を演じ、被り物を取ると、女と分かる。お園は、力持ちの女である。しかし六助が、許嫁と分かると、急に娘っぽくなり、しおらしくなる。このあたりの使い分けを、孝太郎が上手く演じていた。お園は、美しくなくても良くて、美形である必要もないので、顔に恵まれない孝太郎には、会う役だと思う。そして、舞台は、急展開となる。弾正が母親として連れて登場した女が殺されて、運ばれてくる。ここで、ついに、弾正が、師匠の敵である事が分かり、敵を討とうとする師匠の奥さん、そしてお園も姉を壇上に殺されているので、ともに敵討ちをするというまでが描かれる。弾正への、六助の怒りが爆発するのだが、人の良かった六助が、心の底から、怒りに、メラメラ燃えてくる表情の変化が、素晴らしい。仁左衛門の真骨頂である。外見に強さを持たない、仁左衛門でしかできない演技だと思う。

 幻想神空海は、何が何だか分からない芝居だったので、論ずることはできない。夢枕獏さんの小説の歌舞伎化である。唐に留学した空海が、楊貴妃にまつわる謎を解くという芝居だが、よく内容が分からなかった。イヤホンガイドをつけて観たが、筋が分からず、目で見て、その場その場を楽しむしかなかった。楽しむといっても、竜宮城のような踊りが出てきたり、怪物が出てきたりするが、唐のイメージが、ファジーで、よく分からなかった。こては、空海が主人公でなくても、有り得る物語だ。期待の松也は、しどころがなく、かわいそうだった。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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