2016年1月29日(金)『シアターコクーンの猿之助、元禄港歌』

 元禄港歌は、狐の親子の伝説である葛の葉の子別れを下敷きにして、数奇な運命に操られた廻船問屋一家と盲目の女芸人一座を巡る恋愛悲劇であり、親子の愛情と情念の物語である。

播州赤穂の港町が舞台。一代で播州一の廻船問屋に育てた養子平兵衛とお浜夫婦には、子供が二人いて、長男信助は江戸の支店で働き、次男は地元で遊び呆けている。長男信助は、お堂に捨てられていた赤ちゃんを、この夫婦が、引き取って、育てたという設定だが、実は、この地に1年に一度回ってくる盲目の女芸人の一座の頭、糸栄と、平兵衛の間に生まれた子供であった。妻のお浜は、それと知って育ててきた。しかし、平兵衛と自分の間にできた実子万次郎の方を可愛がり、長男信助を邪見にし、実子を跡取りにと願っている。たまたま信助が、江戸から業務報告のため本店のある播州を訪れた時、折よく盲目の女芸人一座が、播州に巡ってきた。ここから一連のドラマが始まる。次男の万次郎と芸人一座の道案内人、目が見える歌春は、数年前からすでに恋愛関係ができていて、相思相愛の仲である。ただ身分違いの愛を廻船問屋の親が認めるはずもなく、歌春は、自分を好きだと言ってくれる和吉と所帯を持つことを決意する。万次郎も了解するが、一年に一度の逢瀬に、再び関係を結んでします。芸人一座には、初音という盲目の芸人がいて、その美貌から、長男の信助が好きになり、ついになって恋仲になってしまう。親子3人が、盲目の女芸人一座の女達と関係を持つという、とんでもないストリー展開になる。盲目の女芸人一座は、芸を披露してお捻りをもらうだけでなく、日常的に春を売っていたのであろう。廻船問屋の息子二人が、共に女芸人一座の女と関係を持つという、極めて不安定な関係の中に、最大の悲劇が訪れる。次男万次郎との結婚を諦め、和吉との結婚を決めた歌春だが、恋中にある万次郎との密会の噂を、和吉に問い詰められ、とうとう万次郎との関係をばらしてしまう。使い古しを自分に廻されたと頭にくる和吉。謡の会の当日、万次郎に代わり舞台に立つ信助、能衣装を着た信助を、万次郎と思った和吉は、毒薬を顔にまき、信助の目は潰れ、盲目になってしまう。和吉は、歌春を刺し、自殺してしまう。歌春は、瀕死の重体のなか、能舞台にやってきて、なぜ和吉がこんな行為をしたのか、廻船問屋一家に伝える。歌春は、廻船問屋夫婦、万次郎、座元糸栄に手を握られながら息絶える。盲目になった信助は、女芸人一座とともに、播州を後にするのであった。

簡単なストーリーを書いたが、この演劇の主役は、誰かというと、私には、廻船問屋の妻、お浜役の新橋耐子の存在が大きいと思う。

芸人の子供と知りながら、半ば無理強いされて育てさせられた悔しさ、我が子万次郎への愛情の深さ、夫への軽蔑心、芸人一座への侮蔑、そして訪れた悲劇の中で、母として受けとめる、感情に揺れる廻船問屋の奥さんを、貫録たっぷりに、見事演じていた。

猿之助は、女芸人一座の座元糸栄役だが、実は長男の信助の母なのだが、物語上では、はっきりと明かされない。終始、暗い顔をして、少し横を向いて、伏し目がち,盲らだから感情の起伏は少なく、表情は押し殺して、変えない。どこか信田の森にすむ女狐のような顔に見せているようだ。廻船問屋の主人と再会しても、子供を作った関係にも拘らず、嬉しい表情も見せず、我が子万次郎がいるというのにも嬉しい顔はせず、とらえどころがない。舞台上では、猿之助扮する糸栄を軸に、ドラマが展開していく訳ではなく、完全に過去の関係なのだ。したがって、舞台上では、主役には見えない。ようやく息子の目が潰れて、最後に信助と手を重ねるシーンだけが見せ場、猿之助fanとしては、なんとも物足りない思いがした。ただ、11月には、ワンピースの少年役を元気よく演じていた役者が、1月は、盲らの女芸人一座の、影を背負って生きている座元を、中年から初老にかけての役を、女形として演じるのだから、見事なものだ。動のワンピース、静の糸栄。このまったくもってかけ離れた役を、短期間で、演じ分けらるのであるから、役者としての腕は物すごく、猿之助の役者としての引き出しの多さに、ただただ驚いて帰宅した。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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