1月10日(金) 「歌舞伎座昼の部を見る、醍醐の花見。奥州安達ケ原、振袖萩祭文。素襖落。河内山。」

今日は、歌舞伎座の昼の部を見た。醍醐の花見。奥州安達ケ原、振袖萩祭文。素襖落。河内山の四本。

最初は醍醐の花見、舞台一面に桜が咲き誇り、出演者の衣装も安土桃山時代が背景なので華絢爛で、いかにも幸せを寿ぐ正月らしい舞台だ。秀吉を梅玉、魁春の北政所、福助が淀君、勘九郎が石田三成、八条の宮に芝翫、北の方に七之助が出演、福助は少しやつれた感じもあったが、元気な顔と声を聞く事が出来て、幸せな気持ちになった。福助が病に倒れず、歌右衛門を襲名し、勘三郎が元気で活躍していたら、成駒屋と中村屋が勢揃いした舞台、もっと素晴らしい舞台になったであろうに、歌舞伎の神様は残酷である。まあ芝居としては、何かある訳ではなく、美しい衣装で、夫々が踊って、お仕舞であった。

次は奥州安達ケ原、振袖萩祭文。奥州安達ケ原は、1762年、宝暦12年に人形浄瑠璃として上演され、その後歌舞伎に移された。振袖萩祭文は三段目の切りにあたる。袖萩を雀右衛門が演じたが、憐れさが漂い、悲しさを体で表わしていたが、祭文の時には、終始うつむいていて、三味線を弾くのがやっとと言うように見えた。実際は、そんな事はないのだろうが、下を向いてばかりでは、我が娘を、なんとか親に見せたい、会わせたい、言葉をかけてもらいたいと言う気持ちが、薄れると思った。子役が上手く、逆に助けられているように思えた。袖萩は、確信犯で貞任と駆け落ちしたのだから、親に会えなくても自業自得と、一種の覚悟があるはずだ。でも娘には、そんな気持ちはない。なんとか親に合わせたい、言葉をかけてもらいたいと言う気持ちが雀右衛門には薄いように感じた。芝翫初役の貞任だが、堂々として立派だった。勅使として義家の館に入り込み、義家に貞任だろうと、暴露されると、本性を顕し、衣装がぶっ返っての豪快さと立ち回りは、時代物役者らしく、きっぱりとして力強かった。ただ6年振りに、袖萩と娘に会ったのに、情愛が強く出ていないので、えっ、6年振りに会ったのに、そんなもの?と思ってしまった。七之助の義家は、八幡太郎義家の武家の棟梁としては弱く、役に向いていないように思えた。勘九郎が宗任は、大きくて強そうだった。

続いて素襖落。九代團十郎が初演だから、歌舞伎に、高尚な狂言を持ち込んだ作品である。狂言の素襖落を、歌舞伎に移した素襖落は新歌舞伎十八番になっていて、度々演じられるので、異なる役者で何度も見た。私は、これまで松羽目ものは、狂言をそのまま見ても面白いのに、何で歌舞伎役者が、わざわざ狂言の役者を真似て演じるのか、意味が分からないし、その面白さがどこにあるのか、今一つ分からなかった。今回、吉右衛門の太郎冠者を観て、その謎が解けた。歌舞伎役者が、何十年に渡る修練と、そこで身に付けた余裕と、愛嬌を見せるから、狂言以上に面白いのだと、吉右衛門の素襖落を見て、初めて分かった。若い役者がやると、形だけ真似て、余裕がなく、無理に笑わせようとするので、かえって面白くなかったのだ。吉右衛門はどの役を演じても、芸の力を、度々感じさせるが、今回の素襖落で太郎冠者を演じた吉右衛門は、さりげなく言葉を発して、太郎冠者を取り巻く人間関係を表現し、自分は笑わずに、観客を笑わせる役者力を強く感じさせた。酒を呑むところも自然で、酔っ払っていただいた素襖を落とし、慌ててじた吉右衛門は、さりげなく言葉を発して、太郎冠者を取り巻く人間関係を表現し、自分は笑わずに、観客を笑わせる役者力を強く感じさせた。酒を呑むところも自然で、酔っ払って、頂いた素襖を落とし、慌てて捜すところも、いかにも酔っ払っていて鷹揚で、私などは、そこだよ、そこに隠されていると、思わず口に出したほどで、吉右衛門の芸に、観客の私も、ついつい乗せられてしまった。可笑しく、楽しい舞台だった。

河竹黙阿弥の明治の作である天衣紛上野初花、河内山は、歌舞伎の定番と言ってもよい世話物の狂言で、今回は白鷗が宗春を演じた。今回は松江邸広間から入ったので、宗春のキャラクターが描かれず、上州屋で最初ゆすりを行い、娘の件を聞くと、俺に任せろと話を進め、全部で二百両、手付けで百両を掠め取る、小悪党いや大悪党のイメージがないまま舞台が始まってしまった。江戸市井に住む弱いものを助け、強いものには歯向かうという悪党が、

いきなり緋の衣の僧姿で現れるので、戸惑いもあった。

今回は、花道の出の僧姿の宗春が、一部の隙もなく、非の打ち所なく立派な姿に見え、

お数寄屋坊主の河内山宗俊が、上野寛永寺の使僧と偽って、演じているようには見えなかった。多少は、バレたらどうしようとか、その際には、こうすると言う下心が見えないと、スリルがないなと感じた。見ている側に、バレたらどうするんだよと、多少の不安があり、それを前提にして、ばれた最後に、悪に強きは善にもと」以下の名台詞が効かないと思った。宗俊が留飲を下げるだけでなくて、見る側も留飲を下げたいのである。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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