平成30年1月25日(木)『BS句会1月に出席,先生腹痛で欠場、2句入選』
7時から、BS句会に出席した。5句だし、2句が並選に選ばれた。以下、提出句。
冬ざれや錆びし過激派ヘルメット 並選
裸木の枝星々を刺すごとし 並選
年玉や人声香り懐かしく
幸と染む白き帯締め初芝居
白き息バーを押し上げ寒のジム
冬ざれや錆びし過激派ヘルメット
先日の夏井さんを囲む句会では、「冬ざれや墓に刻みし母の歳」を作り、夏井さんが並選に選んでくれたが、冬ざれの第二作として作ったのがこの句。このところ、東京地方は、大雪も降り、気温も極端に寒く、街を歩いていても、雪がいつまでも消えず、まるで北国にいるような感じだった。
冬ざれの意味は、「草木が枯れ果てて、寂しい冬の風物の様子」、である。冬ざれと言う言葉からは、まず野や山、田舎の風景を思い浮かべるが、都会の景色の中では、冬ざれはどういう時に感じるのかと考えてみた。冬ざれを、田舎ではなく、都会の景色の中で、使ってみたかったのである。
私が高校生の頃、核マル派や中核派などの過激派がテロを繰り返していた。大学に入っても、あちこちで、ヘルメットを被り、顔をタオルで覆った過激派が、手持ちスピーカーを使い、同じような口調で、言いたい事を声高に叫んでいた。世の注目を集めた学生運動も、安保闘争の終焉に伴い、表舞台から姿を消していった。50年前の闘士たちは、いまどうしているのだろうか。大学に残ったり、予備校の教師になったり、すし屋の出前持ちになったりして、社会に紛れて生きているのだろう。日米同盟が声高に叫ばれ、北朝鮮問題や、中国の拡張政策の中で、日本は厳しい時代を迎えているが、当時の活動家は、どう考えて生きているのだろうか。もしかすると心の中が冬ざれているかもしれない。
裸木の枝星々を刺すごとし 並選
雪が降った後の青空は、色が濃い。夜になると東京でも星々が、輝いている。鋭く冷たい風が強く吹くと、木々の鋭い枝が、横に揺れ、時には、縦にも揺れ、空気を刺すような気配を感じる。特に銀杏の枝が、こんなにも鋭く天に向かって伸びているのに驚いた。風邪の銀杏の枝が揺れると、正に星を刺すようにも見えた次第である。
年玉や人声香り懐かしく
席題が香だったので、急造した俳句。年玉を渡す時代が、もう40年以上も過ぎると、無性に子供の頃、親戚からお年玉をもらった事を思い出す。もうお年玉を私に与えてくれた父、母、叔父、叔母は、皆鬼籍に入ってしまった。思い出すのは、お年玉をくれた人の顔だけでなく、その人の声の調子や、しゃべり方、そして、その人の香りや匂いまでも思い出すのである。
幸と染む白き帯締め初芝居
20代目松本幸四郎襲名への挨拶句である。誰かは、このなぞなぞのような俳句を気が付いてくれるかなと、期待したが、誰も気が付かなかった。平成30年1月2月は、幸四郎、白鷗、染五郎、の三人同時襲名興行が、歌舞伎座で行われているが、この幸、染、白、の三文字を入れた俳句を作ってみたのである。元は、「幸の字の帯締め喜寿の初芝居」
白き息バーを押し上げ寒のジム
四季のジムの雰囲気を俳句にしているが、冬のジムの様子を俳句にしてみた。ベンチプレスでは、押し上げる時に、息を吐くが、白い息が、まるで、バーを押しているように見え、俳句にしてみた。でもひねりが足りない、誰も取ってくれなかた。
白き息黒金を押し寒のジム
*俳句のポイント
「も」と「に」は、俳句で使わないように。
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