2016年7月15日(金)『歌舞伎座室7月大歌舞伎夜の部。荒川の佐吉、鎌髭、景清』

 今月の夜の部は、猿之助の「荒川の佐吉」。何回も見た芝居だが、猿之助の芝居のうまさに驚いた。なにより、口跡がいい。先代猿之助のセリフ回しを自分なりに解釈して、押し引き、感情を抑えたり、爆発させたり、自由自在の演技をする。世話物のしがないヤクザを演じても、ヤクザの成長により、台詞術が変わってくる見事さ。駆け出しの三下、赤ちゃんの可愛がりよう、赤ちゃんに対する愛情のこもった台詞、親分に対する啖呵の切り方、内に秘めた心の苦しさを、台詞に込めて訴える、オペラのアリアのようなセリフ回しは、人情の機微が表れて、切なく辛い。この真山青果の新作歌舞伎は、完全に猿之助のものになった、と思った。

仁左衛門の佐吉は、赤ちゃんの成長に伴い、自分も成長し、子供の将来を考えて、おとなしく身を引く演じ方であり、猿之助は激情型の佐吉、理不尽な事を言ってくるんじゃないという、最後まで怒りが爆発していて、現代の我々の気落ちにも直接訴えかけてくる。最後に、政五郎と実母のお新への怒りの爆発させ方がうまいので、政五郎の子供の将来をどうすると問われて、怒りの中にも、スパッと考え方を切り替える演じ方が共感できた。。仁左衛門とは違う、現代の佐吉である。仁左衛門を除くと、猿之助に対抗できる役者はいないだろう。松竹の永山会長が、海老蔵の誕生で、歌舞伎は、これから100年は安泰だと、昔言った事を記憶しているが、猿之助の登場で、宗家市川家の海老蔵を支えるだけでなく、両翼として、歌舞伎を支える役者に成長していると思った。

中車の政五郎は、貫禄を見せつける芝居だが、無難にこなしていて、それなりに見せた。佐吉を言い含める所は、感情を表に出さず、淡々としていて、良かった。笑也の実母お新は、娘ではないのだから品よく座っているだけではだめだ。無理なお願いをしに来ているのだから、、もっと感情を露わに出さないと、観客はついて行けない。自殺しようとするが、嘘に見える。郷右衛門は海老蔵、黒門付きで登場し、不気味な印象を与えて、強いものが勝つのではなく、勝ったものが強いんだ、と言う生き方を、学んで、すぐに実行するところに、怖さを感じた。大親分になり、佐吉と対決し、殺されるのだが、舞台上で、海老蔵が、殺される役を見たのは珍しく、驚いた。まあこの役は、お付き合いである。ご馳走ご馳走。

 次は、寿三升景清(ことほいでみますかげきよ)。昔新橋演舞場で、海老蔵主演で、同じタイトルの芝居を見たが、なにがなんだが、分からなかった。ストーリーはあってないがごとしで、海老蔵の睨みを堪能して帰った記憶があるが、今回も見て、何のことか分からない芝居で、眠たくなる目を擦って見た。歌舞伎十八番、今回は、鎌髭と景清に分けて構成されていた。鎌髭は、荒事で、暫のようで、色彩は綺麗だが、なんで、景清が鎌を磨ぐのか、何で捕まってしまうのか、分からず、鎌で首を描き切られそうになっても、切れないので、物凄いパワーを持った存在なんだと思う位だ。すでに睨みの乱発だが、よく分からない筋のママ幕となる。市川右近の猪熊入道が、強そうに見えて、強くなく、台詞を響かせて行った後、すとんと落とすセルフ術がうまっかった。おかしさを舞台で振りまき、役者としての存在感を高めた。花道で、右団次を襲名すると、海老蔵が観客に向かい話をし、右近が恥ずかしがる所が、楽屋落ちだが、面白かった。

次の景清は、景清が、すでに檻の中に閉じ込められて、景清の姿は舞台からは見えない中、まるで助六のような芝居が延々続き、これは何の芝居なんだという疑問が生まれた。笑三郎の阿古屋が、本格的で、衣装もそうだが、セリフ回しが、完全に、助六の揚巻のようで、押し出しもあり、破たんもないが、岩永を意休に見立てて、絡むシーンなどは、まじめに演技し続けて、見る方は疲れてくる。しゃれなら、さっとやって、さっと帰った方がいいのではないかと思った。笑三郎の阿古屋自身は、堂々としていて演技そのものには、問題ない。脚本のせいだ。よかった。猿也の岩永は、赤塗で、押し出しがあり、立派。後半に捌き役の重忠がでてきて、男と男の話をするが、これも、頼朝が、平家が焼いた法隆寺の大仏を再建するときいて、改心するのだが、重忠が、鍵を壊しているので、何で、景清が獄から出てきて、大暴れするのか、よく分からなかった。ここは、海老蔵の乱発する睨みを楽しんだだけ。たいしたストーリーがある訳ではなし、もう見たいとは思わず。やるなら、短時間でOK、海老蔵の睨みを早めに見せて、それで終わりにしてほしい。睨みショウにするなら、短時間で終わり、一回目ん玉を剝いて睨んでくれれば、それでよい。猿之助の重忠のセリフ回しは、先代そっくりで、颯爽として、気分がいい。ワンピースを主演する役者とは到底思えぬ、引き出しの多さだ。今月は、猿之助と海老蔵の主演で、充実していた。このコンビ、宝の山になるかもしれない。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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