2016年3月23日(水)『歌舞伎座3月昼の部、鎌倉三代記』

 3月歌舞伎座の昼の部である。今月は、五代目の中村雀右衛門襲名披露興行だが、元々が派手さの内、どちらかと言うと、地味な俳優だけに、歌舞伎座が、襲名で、沸き立つ雰囲気はなかった。雀右衛門グッズ売り場もあったが、大勢のファンでに賑わう感じではなかった。客席も、3階は、満席になっておらず、1階にも空席があった。襲名披露興行というと、チケットを取る事が難しく、場内浮き立つ雰囲気があるのだが、今回の雀衛門襲名にはなかた。襲名は、父親がバックにいてこそ、無理やりにでも盛り上がるが、父が死んでからだと盛り上がらないものかもしれない。当代の猿之助襲名の時のように、先代猿之助が病気闘病中とはいえ、健在の中で行われる賑やかで、祝祭感覚の襲名と根本的に違うと感じた。歌舞伎ファンが待ち受けた襲名とは異なり、むしろ松竹リードで、襲名披露興行が行われて、人気が伴わず、市松の寂しさを感したのは、私だけだろうか。

さて昼の部の眼目は、雀右衛門が初役で挑む、鎌倉三代記の時姫だ。人形浄瑠璃から歌舞伎に移された芝居で、全十段あるが、現在は、七段目にあたる絹川村閑居の場だけが演じられている。

はっきり言って、この絹川村閑居の場だけ観ても、何が何だかわからない芝居だ。出てくる主人公達が、どう絡むのか、分からないから、事前にそれまでの筋を知っていないと、何も分からない。

時の最高権力者の北条時政の娘、時姫は、父の敵にあたる三浦之助が好きで、三浦之助の母が住んでいる家に、入り込み、三浦之助の病気の母を、けなげに看護している。まだ結婚している訳ではなく、いわば押しかけて三浦之助を待っている形である。まあ、押しかけ女房だが、事実上、まだ三浦之助と、セックスもしていない、片思いの間柄である。そこに、三浦之助が、身体のいたるところに傷を負って重傷のていで登場する。死ぬ前に一目母に会おうと、陣を離れて、家にやってくる。しかし、母は、戦争中に、家に帰るなど、未練だと言って、部屋に閉じこもり、我が子と会う事を拒絶する。仕方なく三浦之助は、陣に戻ろうとするが、時姫が、「夫婦の固めのないうちは、どうやらツンと心が済まぬ」と言って、引き留める。せっかく会えたのに、夫婦生活も、セックスだって一度もなくて別れるのは嫌だと、訴えるのだ。三浦之助は、時姫は、敵の北条時政の娘だから信用していない。しかし、母の病状が良くないこともあり、奥に入って行く。時姫が再登場して、一人思案に暮れていると、コミカルな紛争をした藤三郎がでてきて、「時姫を助けてくれば、夫婦にしてやると、時政が言うので、迎えに来た」と、時姫に迫る。おどけものの扮装をした藤三郎だが、この役は、この幕しかないと誰だかわからない。実は、佐々木高綱なのだ。藤三郎は、時姫が藤三郎が持ってきた短刀で、切りつけるので、やむなく井戸に逃げ込む。父のあまりにひどい仕打ちに時姫は自殺しようとするが、ここに三浦之助が出てきて、心底見えたと言い、ならば「父時政を討て」と、時姫に言う。恩と恋との義理詰めに、泣く泣く時姫は、父時政を殺すことを承知する。、富田六郎は、この状況を時政に注進しようとするが、井戸から槍で刺されて死ぬ。先ほど井戸に飛び込んだ藤三郎は、実は佐々木高綱だったのである。最後は、時姫、三浦之助、高綱が、絵面に決まって終わる、という芝居だ。

 鎌倉三代記と言っても、この幕しかないので、前後のつながりが全く分からない。閑居に、なんで赤い振袖の時姫が、姉さんかぶりで登場するのか、まずわからない。お母さんを看病している様子は分かるが、自分の母か、誰の母なのかが分からない。三浦之助が、大傷を負い、家に訪ねてくるところで、病気の母は、三浦之助の母だとわかるし、時姫が好きな人が三浦之助と解る。しかし時姫が北条時政の娘と言う事も分からない。時姫が自殺しようとした時に、三浦之助が、心底見えたと、言ったが、これは、時姫が、時政のスパイとして送り込まれているんではなく、心底自分を愛しているという事が分かったという事だ。そこで、三浦之助は、俺を愛しているなら、父の時政を殺せと命じる。時姫は、しぶしぶ同意するのである。途中藤三郎が出てくるが、頭に、刺青があるが、これが誰だか、筋を知らないとわからない。実は、佐々木高綱と言う事だが、高綱がどんな存在か分からないので、何とも言いようがないのである。

 さて、三姫の一つ、時姫を雀右衛門は、初役で務めた。当初、菊五郎の病気旧円で、菊之助が三浦之助を務めたが、今日は、すでに菊五郎が出演していて、白塗りで、青年武将を巧みに演じていた。悲運の若武者という役どころが舞台に出るだけで、分かるのは、さすが親父様だ。時姫の役柄を分析すると、権力者の北条時政の娘と言う気位の高い女性であり、三浦之助という敵の武将を好きになり、三浦之助の母の住む家に入り込んで、看病したり、料理を作ったりしているなど、行動は大胆で、自分の意思をはっきりと主張し、行動する強い意思を持った女性である。情に厚く、ほれ込み易く、尽くすタイプの女性なのである。更に、三浦之助に、「私を好きなら父の時政を殺せ」、と言われ、承諾する。親より好きな人を取る、義理より愛を選択する女性なのだ。時姫は、こうした現代にも通じる女性という造形なのだが、雀右衛門の時姫は、舞台上で、落ち着かず、何時もめそめそしていて、受け身の女性のように見えてしまう。これは、雀右衛門が、いつも受け身の芝居をしているので、そう見えるのだ。もっと時姫は、現代的な娘で、立体的な女なのだが、能動的に行動している時姫と言う存在が、舞台上、そう見えないところが、雀右衛門の役者としての、弱点だと思う。

 三浦之助は菊五郎、高綱は吉右衛門、母は秀太郎、菊五郎は、大傷を追い、舞台上で、横たわったり、脚を出して、座る所など、いくつかのポーズをとるが、どの姿も、綺麗で、若く、健気で、決まっているのだ。この姿の美しさはどうだろう、舞台上で、どんな形をとると、自然と、自分が、りりしく、綺麗に観客席から見えるのかという事を、菊五郎は熟知しているのだと思う。さすが親父様である。

 吉右衛門の高綱は、藤三郎としてでたコミカルな役、高綱として登場した時の、姿の大きさは、現代の高綱であろう。、

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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