2015年10月11日(日)『歌舞伎座10月昼の部、音羽嶽だんまり、矢の根、一條大蔵譚、人情噺文七元結』


 歌舞伎座10月大歌舞伎の昼の部は、音羽嶽だんまり、矢の根、一條大蔵譚、人情噺文七元結の四演目である。

音羽嶽だんまりは、又五郎を松也が演じ、その他、若手中心で、梅枝も出ていた。梅枝の瓜実顔は、素顔はともかく、白塗りすると独特の美しさだ。梅枝より綺麗な松也が、大泥棒役を丁寧に勤める。松也も、眼光が鋭くなってきた。きりっとしたところが、素敵だ。ミエも、きまり、合格点。松也は、大柄だが、女形も綺麗で、立ち役もいい。美貌の役者というと、海老蔵がいるが、松也には、海老蔵ほど荒々しさはないが、うっとりとした美貌は、勝るとも劣らない。そのうち、一條大蔵卿もできるだろうし、松也の光源氏も見てみたいものだ。父松助は脇の役者で早世したが、松也には、大きな役者に育ってほしいものだ。

 矢の根は、今年27回忌を迎えた二代松緑の追善公演。矢の根が得意だと聞いた2代松緑の矢の根は観ていない。当代、四代の松緑は、顔が不細工で、この先、顔を潰して、隈を描き込む、荒事の芸は、大事にしたいところだ。顔の隈取が赤のラインが二重になっていて荒々しく見えるのだが、声が単調で、一本調子である。馬に乗り、大根をもって花道を下がるところは、もっとコミカルでもいいと思うが、荒々しさだけで、単調で、面白くない。江戸時代の人は、團十郎のお家芸である矢の根に、拍手喝采を送ったのだろうが、今見ると、どこが面白いのか、分からない演目の一つである。

 一條大蔵卿は、勘三郎、団十郎、吉右衛門、幸四郎と観てきたが、勘三郎亡きあと、今日の大蔵卿は、仁左衛門が、一番である。作り阿呆から、素顔に行きつ戻りつする、自然さが素晴らしい。吉右衛門が、長成を演じると、作り阿呆を、作りすぎて、わざとらしくなる。素顔の吉右衛門の強さのイメージが前に出て、阿呆と、素顔の落差が激しすぎて、いかにも作り物めく。一方の仁左衛門の長成は、わざとらしくなく、自在に、阿呆と、正常を行き来するところが、素晴らしい。扇子を下ろしたり、視線を下ろし、さっと顔を上げると、顔と気持ちが切り替わる。きりっとした視線が素晴らしい、源氏再興の夢を視線の中に、見せていた。

 考えてみれば、吉右衛門は時代物役者であり、情の熱い、武骨な武者が、吉右衛門のニンである。一方、持って生まれた貴族としての上品さが、仁左衛門のニンである。仁左衛門が、菅原道真を演じれば、そこに存在するだけで、貴族であり、気品が漂ってきる。大蔵卿も貴族である。舞台に出てくるだけで、貴族の雰囲気が溢れてくる。一方の吉右衛門は、舞台に出てくると、圧倒的の武を感じる。舞台上で、吉右衛門は、武のイメージを消して、ニンのない貴族のイメージを作る演技をしないといけないから、演技のふり幅が、どうしても大きくなり、そこに技巧性を感じるのだ。舞台に出てきただけで貴族のイメージの仁左衛門は、同じ貴族の中で、作り阿呆の貴族の一面と、多少武ばった貴族の、いつもの顔に平行移動すればいい。しかも能狂言好きの貴族であるから、その貴族がはまった能、狂言の世界から生み出した作り阿呆だから、より自然に作り阿呆に乗り移れるのだと思う。勘三郎のような、愛嬌はないが、仁左衛門は、自然に阿呆を演じているから、嫌みもなく、わざとらしさもない、貴族の上品さ、貴族趣味の作る阿呆ぶりが、仁左衛門の大蔵卿の大きな特色である。

 文七元結は、菊五郎で、何度見ている。安定した楽しさである。菊五郎劇団のアンサンブルの良さが出ている。文七元結は、菊五郎劇団の作り出す、現代最高の喜劇であり、人情劇だと思う。笑わせる所は、徹底的に笑わせ、泣かせる時には、目いっぱい泣かせてくれる

江戸時代にタイムスリップした感じで、歌舞伎をいつも観ているが、16歳の娘が、親の貧乏をみかねて、自分を50両で、身売りするというストーリーだ。今なら考えられないことだが、親のために、自分を犠牲にする娘が登場し、親も、それを、申し訳ないが、当たり前として受け止めるというのが、江戸時代のリアルなのかと思う。こうした発見が歌舞伎鑑賞の楽しみの一つである。      

 この芝居、江戸庶民の、その日暮らしの貧乏振りが、よく出ている。娘が親のため、自ら身売りする場面は、お久役の右近が、赤く顔を塗り、貧乏たらしい衣装を身に着けて、親孝行振りをうまく見せている。強気な女性の役より、貧乏な娘役の方が、哀れで、右近のニンにあっている。最後に白塗りの顔で、綺麗な娘役戸なって再登場するが、なぜか強気が出て。健気さがでないから、心から文七との結婚を喜べない。右近は、素顔が綺麗すぎて、男ぽく、将来は,仇な芸者役を得意とするのだろうが、今は素顔を消して、健気な薄い幸せをもつ若い女性路線がいいと思う。

文七は、菊之助かと思ったら、女形の梅枝が演じて、驚いた。これが、憐れで、でもきっぱりとしていて、それでいて短気な青年をうまく演じていた。舞台上で、菊五郎と、立派に、タイで演じきったのだから、すごい。女形が本役ではあるが、青年の男性も演じられるのではないかと思った。菊五郎劇団では、役が、菊之助とかぶるかもしれない。文七役、松也はどうだろうか。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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