令和3年3月18日(木) 「国立劇場、歌舞伎、時今也桔梗旗揚を見る」

今月の国立劇場は、菊之助、初役の「時今也桔梗旗揚」である。美形の菊之助が明智光秀を演じると聞いて、実悪という敵役をどう演じるのか楽しみに見た。菊之助の父は、世話物が得意な菊五郎であり、義理の父は、時代物の第一人者の吉右衛門で、今回は岳父の吉右衛門から教えてもらうという事だと思った。女形は祖父の梅幸から学んでいるから、菊之助は、とても恵まれている。恵まれているからこそ、風の谷のナウシカの様な、完全な新作にも挑んでいくという新たな挑戦も起きてくるのだろうと思う。

芝居が始まり、妹の桔梗に、山口玄蕃がいいよる後に、舞台正面、御簾が上がると、武智光秀が登場するが、白塗りの顔、明るい水色の衣装が引き立って、奇麗な光秀だなと言うのが第一印象だった。吉右衛門で観てきた光秀は、腹に一物持っている武将のイメージだったが、菊之助の光秀には、その印象はない、これは役者が持っているニンの違いと理解した。

この芝居は、一言で言えば、主君小田春永が、家臣の光秀を、じわりじわりと虐め,苛み、最後は光秀が、切れて、謀反を起こすという筋書きである。馬盥で酒を飲まされる虐めにあい、それでも耐え、額を割られる屈辱を与えられても耐えるが、最後貧乏だったころに、妻が金を工面するため売った髪を春永に見せられ、ついには切れて、謀反を決意するのだが、菊之助の演じる光秀は、沈着冷静で、一国一城の国主、春永の家臣として活躍した武将のイメージがなく、仮名手本忠臣蔵の、塩谷判官のように、どこか弱弱しく、イメージは、美しい若侍である。春永をSとすると、菊之助の光秀は、完全にM役で、私は、光秀はSでもあり、Mでもあると理解していたので、徐々に怒りが増していく造形ではなく、最後の最後に、我慢を重ねたが、妻の黒髪を見せられて、辱めを受けた時に、いきなり切れるという印象だった。

吉右衛門監修だから、吉右衛門の演じた通りに演じていて、全く破綻がない、本能寺場盥の場の花道から登場しての声からして、これまで菊之助で聞いた事がなかった低音で唸るように声を出し、驚いた。最後、妻の切髪を春永から渡され、満場で辱めを受け、怒りに燃える顔の表情も、菊之助の美しい顔を思い切り崩して、迫力のある怒りの表情だった。まさに憤怒の表情だった。

去年の大河ドラマでは明智光秀が主役となり、光秀像が、拡大し、主君信長を裏切って殺した大悪人と言うイメージから、文化人でもあり、戦のない世の中を信長と作ろうとする武将として描かれていたが、今回の舞台でも、新しい光秀が造形されたと思う。光秀は、国崩しの大悪人ではなく、清廉潔白の美しい武将が、主人の虐めにあい、耐えて耐え抜く芝居となり、光秀の悲劇性が強調されたと思う。

菊之助が、水色の代紋姿で登場すると、いかにも颯爽とした出で、非常に奇麗な光秀だった。忠臣蔵で言えば、桃井若狭之助か、塩谷判官のようであった。吉右衛門だと、出からして何か鬱積した心持で暗く登場するが、菊之助は爽やか過ぎて、拍子抜けした。これでは、いじめに、耐えて、耐えて、最後は虐めに耐え切れず、謀反を決意するという単純な話になってしまい、主君小田春永と家来武智光秀との物事の考え方の違いが、よく分からず、主君と家臣の対決という意味合いが薄くなり、これでいいのかなと思った。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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