9月9日(水)「歌舞伎座二部、色彩間刈豆、かさね。三部双喋々曲輪日記、引き窓」

 9月歌舞伎座の第二部は、色彩間刈豆(いろもようちょっとかりまめ)、かさね。与右衛門を幸四郎、かさねを猿之助が務めた。文政6年1833年に森田座で初演された四世鶴屋南北作の法懸松成田利剣の一幕で、清元の舞踊である。

 今回は、花道から糸立てを被った幸四郎と、腰元かさねの猿之助が一緒に出るが、花道七三で糸立てを取って、幸四郎が顔を見せた瞬間、白塗りの顔に、凄みをみせる黒いメイクを加え、悪の匂いを醸し出して、思わず奇麗だなと思い、この後の展開が楽しみになった。かさねは手に日傘を持って登場、女形が演じると花道の出で、美しさを強調するところだが、猿之助のかさねは、一途に与右衛門を愛して、赤ちゃんを身ごもりながら、与右衛門と心中を計ろうとする女の強い情念と一抹の不安を感じさせた。途中花道で背中合わせになるが、猿之助の視線が、与右衛門を見るはずが、中空を見ているようで、あきらかに心中の道行とは違う、もしかすると与右衛門に裏切られるかもしれない、心に大きな不安を抱えている事がよく分かった。猿之助は踊りながら、心中を誓った男だが、本当に自分と心中する気持ちがあるのか、心の中の大きな不安を、表情と、視線でうまく見せていた。猿之助は、一瞬の表情の切り替えで心の明暗を顕し、更に視線の向け方と視線の強弱で、千々に乱れる心の中を見せていた。

幸四郎の与右衛門は、出こそ悪の魅力に溢れていると思ったが、数々の見得が奇麗だったという印象のみ残った。かさねに押されて、心中するとは言ったものの、心の乱れはあまり感じない悪党ぶりだった。

後半かさねの顔が変わってからは、愛情から憎悪に満ちた気持ちへとガラッと変わって、顔力で怒りと恨みを出すところは、猿之助の底力を見せた。

 第三部は、双喋々曲輪日記、引き窓。濡髪長五郎を吉右衛門、南与兵衛を菊之助、母お幸を東蔵、女房お早を雀右衛門。

 濡髪長五郎の吉右衛門は、大相撲のトップの力士であり、人情の機敏にも通じている大人の男で、殺人を犯した後、母に一目会いたいという一心で、実母を訪ねるのだが、壮年の男が、母に会いたいという直情振りが、家の戸を開けるところからほとばしり出て、情の強さ、情の押しの強さを感じた。殺人を犯したことを隠しながら、大相撲の力士になっている壮年の大男の長五郎が、実母の家で小さく収まっているところが楽しいところだ。一方の南与兵衛の菊之助は、出世して大喜びしている青年の造形で、表情や顔が、初々しすぎて、どっしりと落ち付いておらず、いつまでも十手を磨いて,うきうきと喜んでいて、青年の雰囲気が強く出ていた。

私は、この演目の眼目は、母お幸に繋がる実の息子と、義理の息子の、大人同士の義理と人情のせめぎ合いだと思うので、菊之助の顔が奇麗すぎるからかもしれないが、大人の南与兵衛と言う見え方がないのが残念に思った。大人同士の愛情と義理と人情のせめぎ合いが、この舞台と重要なところなので、このせめぎ合いが、大人同士ではなく、大人と青年のせめぎ合いとなって、パワーバランスが崩れていると思った。

歌舞伎は年令ではないが、吉右衛門76歳、菊之助43歳、この33年の年の差は、今回の舞台では大きすぎた。菊之助が若く、初々しく演じるので、菊之助の芸風の淡白さもあり、一方の吉右衛門のたっぷりとした芸風とのバランスが会わないのだと思う。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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