9月17日(火)『9月歌舞伎座夜の部、吉右衛門休演』

今朝のニュースで、吉右衛門休演の情報を知った。夜の部は、松王丸の代役は松緑だ。そこで寺子屋はパスし、勧進帳と、松浦の太鼓を観た。

今月は、仁左衛門と幸四郎が、一日交替で、勧進帳の弁慶を演じる。今日は、仁左衛門が弁慶、富樫は幸四郎である。幸四郎が弁慶の日には、富樫は錦之助が勤める。

仁左衛門の弁慶は、10年余り前に見た。前回見た時には、義経を何とか守護して、安宅関を通ろうと、主を思う必死さが舞台を覆い、忠義と言う、今では分からない主従関係が強く印象に残っていた。もう一度仁左衛門の弁慶を観たいと思っていたので、待望の再演だ。

この10年色々な役者の弁慶を見て来たが、どの役者も弁慶の役を一生懸命演じているのだが、力み過ぎたり、やたら強く見えたり、饒舌になり過ぎたり、何処となく嘘っぽさを感じていたものだ。今回仁左衛門の弁慶を観て、舞台一杯に、主を思う気持ちが溢れているのに、再び驚いた。一挙手一投足に、体が動き、指先にまで力感が溢れているが、舞台下手にいる義経に対して、仁左衛門の弁慶の意識が常に傾いているので、そう感じるのかもしれない。だから舌鋒鋭く、富樫に説き伏せる演技に嘘っぽさが感じられないのだ。主人である義経を何とか救いたい気持ちが、内にこもっているから、乱暴にも、乱雑にも見えない。みえも、すぱっと決まり、力強さの中に、美がある。私は、仁左衛門の富樫が、当代一であると、再度思った。

続く松浦の太鼓は、歌六が松浦公を演じ、殿様のわがままで、時に苛つく性格を、多少のコミカルさを含んで演じた。歌六は、吉右衛門と共演する事で、なにより貫禄と,芝居のうまさを獲得してきた名脇役である。当初歌六を観た時には、脇の役者で、舞台に出て来て、すぐ消える役が多かったが、吉右衛門に加わった事で、腕を上げて、年ごとに充実してきた。もう誰疑う事なく主役級の役者になった。まず、歌六には殿様を演じる貫禄が備わっている。艶福家であり、俳人でもあり、文化的な教養もあり、忠義に厚く、播州赤穂藩の侍たちが、主人が切腹しているのに、敵討ちを行わない事に腹をたてている。馬鹿馬鹿馬鹿と少し言い過ぎだと思ったが、詰まるところ教養のある癇癪持ちなのだ。このあたりを歌六は、上手く演じていて、非常に面白かった。吉右衛門の松浦公が、今の歌舞伎を代表する松浦公とは思うが、吉右衛門の喜怒哀楽をはっきりさせ、討ち入りと聞いて、我を忘れて喜ぶところが、面白いが、オーバー過ぎて、やりすぎと感じてはいた。この点歌六は、少しクールである。

討ち入りを知った瞬間、怒りが喜びへと大転換する、殿様の嬉しい気持ちと表情が、一気に溢れるシーンなのだが、先々代の勘三郎は、糸に乗り、狂気の喜びを演じていたが、クールな歌六は、吉右衛門の様に弾けず、あくまで殿様の喜びとして演じていたと思った。


鈴木桂一郎アナウンス事務所

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