8月11日(土)『歌舞伎座8月第二部,新作の東海道中膝栗毛と、舞踊の雨乞其角』

 猿之助と、幸四郎の東海道中膝栗毛も、三作目となった。去年は、染五郎の名で出た人が、今年は幸四郎を襲名しての出演である。一昨年の第一作は、ラスベガスが出て来て、役者総出で、かんかん踊りをして楽しませてくれたが、話が飛び過ぎて、良く分からなかった。去年は、歌舞伎座で起きた殺人事件を解決する筋だったが、今やほとんど芝居の記憶がない。その場その場が楽しければいいという芝居だった。8月の納涼歌舞伎、たくさん笑って、暑さを吹き飛ばし、楽しい時間を過ごせば、それでいいと言う舞台だった。それでも楽しく時間潰しが出来れば、私は問題ないと思う。

今回の第三作は、ぐっと締まって、脚本を書いた猿之助がプロデュ-サーとして、若手の歌舞伎役者を前面に押し出す方向に舵を切った。花形というには少し手前の御曹司達を集めて、踊りを踊らせたり、幸四郎の子息染五郎と、中車の息子團子を、美少年の主人と家来に起用して、若手の歌舞伎役者を前面に打ち出した。猿之助本人は一歩引いた形で、将来の歌舞伎界を意識した芝居作りを行い、未来の歌舞伎界の盟主になる野望を感じさせた。

猿之助扮する喜多八は、すでに死んでいると言う設定である。大阪の芝居の女殺油地獄で、舞台に撒かれた油に足を取られ、柱に、頭をぶつけて死に、その葬儀会場の入り口から舞台が始まった。幕が上がると、葬式の風景で、江戸時代なのに、大きく引き伸ばした猿之助の笑った葬儀写真が置かれている。主役が死んでいて、この先どう舞台が進むのか、観客誰しも不安を持っただろうが、多分幽霊になって、舞台に参加すると思ったはずだ。通常サイズの小さな葬儀写真を役者が首から掛けていたが、この写真どうやら竹三郎の写真だと思う。竹三郎が死んだのかと、ぎくっとした。

弥次郎兵衛の幸四郎は、友人の死に泣きじゃくっている。十返舎一九原作の東海道中膝栗毛では弥次郎兵衛と喜多八は、男色関係になっているから、ショックは大きいはづだ。染五郎と團子の美少年主従から、立ち直るには、お伊勢参りがいいと勧め、お伊勢参りに向かう事になる。猿之助はやはり幽霊で登場した。死んで幽霊となった喜多八は、弥次郎兵衛の安全を後ろから見守ると言う設定である。生きた人と、死んだ人が、一緒にお伊勢参りをすると言う、不思議なストーリーである。

この死者と生者の道中に、七之助、獅童、中車が、様々に衣装を変えて、早変わりをして絡むが、キャラが立って面白い、獅童が、中車の突っ込んだ演技に笑ってしまうハプニングも起きた。ただ弥次喜多に直接絡まないので、関係が良く分からないまま終わってしまった。

劇中、伊勢参りだから、洒落で、伊勢音頭恋寝刃が出てくるのかと思ったら、籠釣瓶花街酔醒が出て来て笑った。花魁を猿之助が演じ、花魁道中を見せた。猿之助が笑みを浮かべた得意な表情の中に、今や私が歌舞伎界を牽引しているんだと言う自信が感じられた。猿之助の花魁は、玉三郎のような絶対的な美を感じさせないが、高慢な所が結構綺麗だったし、苦界で生きる手練手管にたけた花魁のように見えた。花魁に見とれる幸四郎が、ポーとなって花魁を見る所は、笠は落とさなかったが、籠釣瓶を思い出し、くすぐって笑わせた。 

最後は、喜多八だけでなく、弥次郎兵衛も死んで、イエス基督により、天国に召される事になり、猿之助、幸四郎、染五郎、團子の4人の宙乗りで終わりとなった。何故突然イエス基督が出て来るかと言うと、神無月なので、日本に神様がおらず、仏様も出張中でおらず、居るのはイエスだけなので、イエス基督の登場という事なのだが、さすが苦しく、ドタバタ過ぎて理解不能になった。門之助が基督を演じ、弾けた演技をしていたが、コスチュームが、オウム真理教の麻原彰晃を思い出させ、首を傾げた。

主人公の一人がすでに死んでいて、幽霊となっての登場は、さすがに苦しかった。弥次喜多二人が、天国に旅立ったので、東海道中膝栗毛は、今回で最後になるだろう。

夏の一時間半、大いに笑って過ごせたので、時間潰しには、役に立った。楽しい時間を過ごせたし、若い歌舞伎役者が大勢出てきて、将来応援したい役者も見つけられたので、満足した。

もう一つの雨乞其角は、長唄舞踊の小品。日照りが続く中、俳人の其角に、雨乞いの句を作って欲しいと頼まれる。早速其角は、雨乞いの一句を作ると、早速雨が降ってきたという踊り。良く分からなかった。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

ニュース, ナレーション, 司会, 歌舞伎, お茶, 俳句, 着物, 元NHKアナウンサー