2016年10月18日(火)『歌舞伎座10月公演、中村芝翫芝襲名披露興行夜の部』

 今月は、橋之助改め八代目芝翫の襲名披露興行だ。お父さんの先代芝翫は女形だったが、八代目は、立ち役の芝翫である。芝翫と言うと女形というイメージは付き纏うが、4代までは立ち役で、5代から7代までが女形だったので、芝翫のイメージは女形で固定されたという訳だ。先日に続き、10月の夜の部を見に行く。  

本当なら、新芝翫の襲名の舞台を楽しみに行くのだろうが、私は、玉三郎の「藤娘」が見たくて、観劇に行った。さすが一等席は、着物の女性が多く、皆、競って、お洒落を楽しんでいるように感じた。しかし、ロビーには、襲名興行独特の華やいだ光景はあまりなく、いつもの歌舞伎座と何ら変わらない光景だったので、何故か哀しかった。嬉しさも中位な芝翫襲名である。それにしても、襲名の前の月に、祇園の芸妓との不倫問題を週刊誌に叩かれるなんて、間抜けな話だ。週刊誌も、襲名前に水を差す記事を載せるなんて、野暮な話だ。歌舞伎の幕内では、芝翫の愛人など、周知の事実だっただろうから、どこからどう漏れたのか、リークされたのか、悲しくなる。私は、歌舞伎座に、時間潰しに行き、役者の芸や美しさを見に行くので、役者が、どんな女を抱こうと、はっきり言って、関係ない話なのだ。

 最初の幕は、松緑の外郎売、こんな不細工な外郎売では、客がつかないだろう。メイクがコミカルすぎる。相撲の解説に時折出てくるロック歌手のようなメイクをしても、元が不細工顔なので、きりっとは見えない。まあ不細工だから、致し方ないか。早口言葉は、一度も咬まずに、マスターしていたが、それは芸人としては、当たり前の事。でも、台詞が硬すぎて、とても流暢な商品説明、効能の説明にはなっていない。もっと、寅さんのように、リズミカルに、時には、ためを作り、流暢に話さないとダメだ。念のため、外郎とは、名古屋の羊羹に似たお菓子の外郎ではなく、小田原外郎家に伝わる漢方薬の事である。

 舞台は対面の趣向、歌六が、工藤祐経、七之助が大磯の虎、だが、他のメンツが、誰か分からず、絵面は綺麗だが、それだけの事に終わってしまった。この後、外郎売、実は曽我の五郎になり、仇討をしようと荒事となるが、強く出すぎて、空回り。亀三郎が、十郎で出て、温厚な兄を演じて好演。亀三郎も、恵まれない俳優の一人だが、声は、一番通って聞こえた。

 続いて、口上。室内全体が、襖以外も金が使われ、大きく龍が数匹描かれている。まず口上のため、ずらりと並ぶ幹部俳優以上に、この後ろの絵に驚いてしまった、歌舞伎座の今月の舞台には出ていない、幹部俳優達も、口上に参加して、花を添えた。山城屋は呂律が回らず、伝える事を覚え切れないからか、紙に書いた文章を読んでいた。一番心配なのが我當、後ろに付き人がいて、体を支えていたが、体調が悪い事が分かる、口上は、何を言っているのか、前から4列目の席で、聞いていても、分からなかった。もしかすると、来年は、訃報が届くかもしれない。梅玉が、国立劇場で、判官を演じているのに、口上に参加していて驚いた。梅玉の口上は、初めて人間味のある挨拶だと思った。芝翫の挨拶も立派、堂々とした、挨拶で、満場の拍手をもらった。

 三幕目は、熊谷陣屋、芝翫型で観る初めての直実である、幕切れで、團十郎型では、直実は、坊主頭、僧の伊いでたちで、一人で花道に立ち、引っ込むのだが、芝翫型では、義経を三角形の頂点に、左の角に直実、右角に弥陀六が立ち、引っ張りの見得で終わるのが特徴だった。ただ、三人が、舞台中央にいるので、どこに焦点を当てて観るのか難しく、吉右衛門ファンの私は、彼の演じる義経を見てしまった。本来なら、直実に集中するのだが、そうはならなかった。弁慶を通して、義経の指示で、息子を,我が手にかけざるをえなかった直実の苦しみ、悲しみ、怒りは分かったが、絵面に3人がいては、直実に集中できず、困惑した。直実以外をカットして、焦点を直実に集める團十郎型の花道での引っ込みの方が、幕が閉まっているので、直実に注目できる。団十郎の型の方が、今の時代の人間に、武士としての直実の『16年は一昔』と嘆く、人生の無常と、あきらめが、正しく伝わり、悲劇性が観客の胸に、すとんと落ちて、真の涙を誘うのではないかと思った。

 新芝翫が、世話物役者なのか、時代物役者なのか、難しい点になるが、見得の決まりのよさは、この世代では、ナンバー1だろう。勘三郎、三津五郎なき、今の歌舞伎界では、時代物で、貴重な役者だと思う。吉右衛門、幸四郎、仁左衛門が、あと10年頑張ってほしいが、その後亡くなるであろう現実を考えれば、海老蔵という存在はあっても、芝翫は、その上の世代として、絶対的に、必要な存在になると思う。

 最後は、玉三郎の藤娘である。年齢を超え、藤の枝を持って踊る少女の、可愛らしさを、表情だけでなく、動きで見せて、陶酔した。舞台は、今を盛りに咲き誇る藤の花が、舞台全面垂れ下り、全盛の藤の花の中で、まるで藤の精のように、あどけなく踊る姿に、美の奇跡を見た思いがした。新芝翫の力強さ、そして玉三郎に夢を見て、帰路に就いた。1等席、19000円も高くはない、と思った。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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