令和3年11月9日(火)『歌舞伎座3部、花競忠臣顔見世(はなくらべぎしかおみせ)』

忠臣蔵で有名なのは、仮名手本忠臣蔵だが、歌舞伎には、忠臣蔵物が数多く、総じて忠臣蔵外伝と呼ばれている。今回は、数ある外伝と本家仮名手本忠臣蔵をうまくミックスして、2時間で忠臣蔵を見せようという意慾的な新作である。第一場は、まるっきり仮名手本忠臣蔵と同じ趣向で、鶴ヶ岡八幡宮社頭の場である。猿之助と幸四郎が裏に回り、若手を起用した舞台ではあるが、猿之助の高師直がこの場をさらってしまった。いかにも憎々し気なメイクと、喋り方、手にもつ中啓を小刻みに動かして、短気ぶりを見せていて、更に猿之助お得意の目の芸で、睨んだり、小馬鹿にしたり、甘い視線で顔世を見たり、自在の目芸で、堪能させてくれた。この位、くどいほど悪人めいて演じるから、善人側が引き立つ。幸四郎の若狭乃助、隼人の塩冶判官が、美しく悲劇的に見える。猿之助は、良くここまで悪人メイクが出来るなと感心するほどの力の入れようである。主役を一歩引きながら、美味しい所は、全部かっさらった。現代の歌舞伎役者の中で、高師直の本役は、これで猿之助で決まりだ。そのうち、仮名手本忠臣蔵で、高師直、大星由良助、勘平を早替わりで演じそうな予感がする。

若手の花形役者に、主役を振った今回の舞台だが、私は、塩冶判官、槌谷主悦を演じた隼人が、演技を開眼したと感じた。美貌を持ちながら、口先だけで演じるつまらなさを、隼人には感じていたが、今回特に主悦には、人間の喜怒哀楽が感じられ、どんどんと突っ込んでいく芝居に、心を打たれた。NHKの時代劇で、同心と、お殿様の二役を演じていて、顔の表情、言葉使い、演技に、二つの役をうまく演じ分けていたが、こうした努力が、舞台に結実した感じがした。今回の舞台で、美形の新たな花形役者が、上手く再生されたと思う。演技力が身に着けば、持ち前の美貌がフルに生きる。猿之助は、それを見つけたのではないかと思う。わずか2時間で討ち入りと、花水橋引き揚げの場まで見せてしまう今回の舞台、スピーディーではあったが、確かに忠臣蔵を見た感覚になった。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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