令和3年8月28日(土) 『歌舞伎座8月1部 猿之助の加賀見山再岩藤』

猿之助が、コロナにかかり、初日から巳之助が代役を務めていたが、20日から猿之助が登場し、千穐楽の今日、通しで見た。私のイヤホンガイドは序章担当で、二幕目は、稽古も見ていなかったので、通しで見るのは、今日が最初である。稽古の時から、猿之助の憎々しさは、飛び抜けていたが、歌舞伎座の本番の舞台で見ると、より憎たらしさが、強調されていて、岩藤怪異編は、まさに猿之助のために岩藤怪異編だと思った。

大領で、最初は登場したが、上から下を見下ろす視線、頬骨の上の筋肉を少し上に張った余裕の表情、愛人の側室お柳の方を見る時の愛情あふれる視線、そして怒りの表情を浮かべた時の傲慢さ。大領を見ただけで、この後の6役の早替わりが、どんな風に展開するのか、楽しみになってきた。次は御台青梅に早変わりしての登場、わずか40秒の早替わりに驚く。男から女は、着替えるのが大変なのである。稽古を見た時には、速足で、下手から登場してきて、御台が、そんな速足で、歩くかと疑問に思ったが、今日は、いかにも大藩の御台らしく、悠然と現れたので、出てくるだけで、貫禄を感じる。少し声を高く上げて、表情も柔らかく、悲しげで、配下思いの御台らしさを存分に出してくる。続いての登場は、奴伊達平。白い色やっこ姿で、出てくるだけで、颯爽として、快活で、正義の奴という演技。決まり決りがきっぱりとして、若さを醸し出し、格好がいい。見得を張る時の、最後に首を振る時に、力が入り、時が止まったような強い印象で、七三を走って下がる前の所作も、軽快で、しかも力強かった。続いては、望月弾正、本命の岩藤を控えているので、あまり憎々しくは演じない。でも悪家老風の、太々しさ、又助に嘘の心情を述べて、又助を信じさせる老獪さ。優しいまなざしで、又助を見送った後に、優しさを蓄えた表情から、一転して悪の顔に変わる瞬間の不気味さは、猿之助ならではだ。続いて、序幕の最後は安田隼人、ここは一転して、気品のある侍役、裁き役で、気持ち良く猿之助が演じていた。そして眼目の岩藤、期待通りに、憎々しく演じて、観客からこの憎々しさに拍手が起きるほどだった。猿之助のこの表情の根源は、眼の使い方のうまさである。横向きに睨んだ時の眼光の鋭さと、口を曲げての表情に憎らしさの全てが込められていて、眼の中に、恐竜の様な動きもあって、不気味さがでるのだ。次にセリフの自在さだ。語尾にいやらしさを込めたセリフ術にうっとりとする。相手を小馬鹿にし、突き放し、恨みを込めたセリフにも、柔軟さがあり、憎々しさを演出している。もっと言えば、この憎々しい演技を、猿之助が楽しんで、突っ込んで演じているから観客は憎さにうっとりとし、憎さの余裕が、憎々しさを倍増させていると思った。

鈴木桂一郎アナウンス事務所

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